▼ 伊武深司の髪を撫でる
現在、台風13号がここ関東地方の東京都に接近中。そのせいでしょうか、今日は風が強い日です。朝の登校も大変です。
「キャーーっ、飛ばされるー!」
「…君の体重じゃ飛ばされることなんてあり得ないと思うけどね」
「は?ちょっと伊武っち、女の子にその言い草はないんじゃないの!」
「…耳元でギャーギャー騒がないでよ。もう、嫌になるよな。隣でうるさく騒がれるし、風が強すぎて髪は乱れるし…、はぁ」
「あーもう、ゴメンゴメン。私が悪うございました。ごめんなさいねうるさくて!」
「ほら、指摘するとすぐこれだよ。いい加減にしてくれないかな、相手するこっちの身にもなってほしいもんだよね…」
今更だが、コイツとは最初からまともな会話をしようなんてことは考えていない。会話をしたところで、この有様なのだから。
「…、そんなこと言ってんだったらずっとシカトしてればいいでしょ!」
「……もう行動パターンは読めてるのにいつまでたっても直らないよね。逆ギレしたあとはすぐすねる」
正直なところ、少し驚いた。確かにこいつとは腐れ縁で、中学に入学してから3年間、なんだかんだでずっと同じクラスだった。けど、そんな行動パターンまでわかるまでになっていたとは…。
「……、フン。伊武なんか、橘先輩のように坊主にしちゃえ!」
だけれども、さすがに言っていいことと悪いことがある。こんなときばっか涙もろいために目から雫を落とさないように意識をしながら、伊武の死角へとまわった。もちろん、彼の顔も見えてない。
「………」
今度は彼のボソボソと愚痴る言葉は聞こえてこなかった。最初は勝った気でいたのに、何故かだんだんと申し訳ない気持ちになってきて。風の吹く音が、少し気まずい。
別段そんなに相手が傷つくことを言ったつもりはないのだが、さすがに謝ろう、と伊武の方を向こうとしたときだった。
「……、きみがいうなら、きってもいいけど、」
「…!」
こわいと思いつつも、彼の顔を見た。
……目の、真剣さが、
「ねぇ、きったほうがいい?」
思わず生唾を飲み込んだ。もう風の音なんて聞こえない。伊武の方へと近づいていく。
「……ごめん、今の冗談」
友人同士には見えない距離まで近づいて、彼の、風の影響で少し乱れてしまったその髪に、触れた。
「私、アンタの髪けっこう好きだから、切んないで」
さり気無く、指ですいて。少しだけ、少しだけ、頬に触れて。その時点でこっちが恥ずかしくて、ダッシュでその場から逃げた。
伊武とは誰だったのか… 100210