「ごめん、今日はバトルしたくない」
「…は?」
しょうぶどころの前でぼーっと空を見上げていると、見慣れたひまわり色の髪が駆け寄ってきた。開口一番に、いつも通り「バトルしよーぜ!」と駆けてきた足を不自然に止めて、いつもとは違う返答をした私にジュンはぱちぱちと瞬いた。
そんな彼を見て、思わず苦笑する。そりゃあ突然そんなことを言われたらびっくりするよね。でもこんな気分でジュンとバトルをしたくなかった。
ここ数日、ジュンが私の前に現れなかった数日間、考えていたことがある。彼が唐突にいなくなるのはいつものことだし、たいていはどこかで特訓しているかフロンティアで勝負に明け暮れているというのはいつものことだ。私が考えていたのはそういう彼の居所についてではない。
私とジュンは幼馴染だ。
小さな町に住む同い年、家もすぐ近く、本当に小さい頃からずっと一緒に育ってきた。
そんな私たちの関係は、フタバタウンの外に一歩足を踏み出した瞬間から少しずつ変化してきたように思う。
私たちは、世界を知り、人に出会い、ポケモンという仲間に出会った。そんな中で、私たちは『幼馴染』という関係から『ライバル』という関係へと徐々にシフトしていった。そのことについて今更なにか不満があるわけでは…なかったはずだった。
「どうしたんだよ、ヒカリ」
「…あのね」
「おう」
「私たちって、『ライバル』?」
「え?」
誰にも負けない、強いトレーナーになる!
簡潔で、ある意味抽象的で、しかし明確に夢を持って旅立ったジュン。その後ろを、半ばジュンにつられるように町を後にした私。歩幅すら違う彼に追いつくために、私はずっと必死だった。
…ジュンの背中を追うこと、それだけに必死になっていた。そのことにふっと気づいてしまった。
私はなんのためにバトルをする?なんのためにポケモンを育ててる?
「決まってんだろ、オレたちは『ライバル』だ!」、
にかっと笑って名言したジュン。でも私の中のもやもやは晴れてはくれなかった。表情でそれを読み取ったのか、その笑顔を引っ込めたジュンはなんだってんだよーと口をすぼめた。
「なぁ、急にどうしたんだよー」
「んー…なんとなく、かな…」
「はぁ?」
意味がわからない、と眉をひそめたジュンは腕を組み、首をかしげた。…正直、私も自分の中のもやもやがなんなのかよくわかってはいない。
ふと、私の三歩分、ジュンの歩幅で換算すれば二歩分の私たちのあいだの距離が何故か遠く感じた。
「…ヒカリがさ」
「ん?」
少しの間をあけて、ジュンがぼそりと私の名前を口にした。いつもの彼の歯切れのよさはどうしたのか、こちらに話しかけているというより、まるで独り言のようだ。
「急にバトルしたくなくなった理由なんてわかんないけどさぁ」
「…」
「オレはバトル好きだし、楽しい。ポケモンともっともっと仲良くなれるし、さ」
「…うん」
「それに」
そこで一端言葉を切る。腕を組んだまま、ジュンが真面目な顔をしてこちらに視線を向けてくるから、内心どきりとしてしまった。
「オレ、ヒカリとバトルするの、すごく好き。楽しい」
「…!」
「…お前強くなったし、負けたくないってつい張り合っちゃうけどさ、それ以前にヒカリはオレの『幼馴染』だし」
私はただ、ジュンの言葉に黙って耳を傾ける。
「なんていうかさー、今は昔みたいに毎日顔合わせてるとかはないけど、こーやってバトルしたりしてヒカリと一緒にいると楽しい」
「……」
「…ヒカリとだから、楽しいっていうか…」
「ッえ?」
「…へへっ」
小さくつぶやいたジュンの言葉はちゃんと聞き取れたわけではないけれど、照れくさそうなジュンの笑顔が、曖昧さを一気に明瞭に変えた。
そして私の中のもやもやも、その正体をはっきりと現そうとしている。
「…ジュン」
「ん?」
「やっぱりバトルしよっか」
「!ホントか?!」
「うん」
この子もやりたがってるし、とモンスターボールをかざすと、中で私の一番のパートナーが、がたがたとボールを揺らしている。
私はジュンの『ライバル』である自分が嫌いなんじゃない。ただ『ライバル』という肩書きよりも、『幼馴染』という肩書きに執着していたんだ。私しか持ってない、ジュンとの繋がりをできるだけ引き止めていたかった。
「ッよっしゃ!今日はオレが勝つからな!」
「負けないもん!」
私たちは『ライバル』だ。
だけど、私たちはそれ以前に『幼馴染』で、私にとっての彼は…
私の中のもやもやは、いつの間にかジュンの太陽みたいな笑顔に溶かされて、ちょっぴり甘酸っぱくてほろ苦い何かに変わっていった。『幼馴染』という肩書きに固執していた、ほんの数分前の自分と、また違う何か。
その感情の名前の行方を、私はまだ知らない。
けれど、今はこうして二人で笑っていられれば、もうそれでいいやと思った。
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お題:うれしい、けどくるしいな
自分の中の恋心を自覚する少し前、微妙な距離感のヒカリ→(←)ジュン、という感じを目指しました。
両片想いで、恋心を自覚するのが少しだけジュンの方が早いといいな、という私的な願望を込めてみたり(笑)
素敵な企画に参加させていただき、ありがとうございました!