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「本国から派遣されて参りました××と申します」
とある国軍の駐屯地。
疲れ切った兵士達から受ける視線が鬱陶しい。
その目は「こんなガキに戦場医が勤まるのか」と語っている。
・・・まあ、残念ながら本当の××という男は既に僕たちの仲間に殺されているんですが。
この駐屯地を潰すこと。
それが僕の所属する傭兵団へ寄せられた依頼だった。
傭兵などと言いつつ実態は金さえ貰えば何でもするような集団だ。
僕もその一員であるからあまり文句の類も言えないが。
(まずは上手く取り入るべきでしょうかね)
1ヶ月もあれば信頼も得ることが出来るでしょう。
作り笑いを浮かべながら算段をし、僕は歩き出した。
「××さん」
予想外に酷い惨状に手当をしているだけで一日が終わりを迎えようとしていた。
その時に声をかけてきたのは本国のお偉方の娘だという・・・○○という名前だった気がする。
「何でしょうか、○○さん」
「ごめんなさい」
一体何を謝っているんでしょうか、この人は。
それが顔に出てしまったのか○○は苦笑を浮かべる。
「私たち、××さんのこと頼りないって思ってたから・・・本当はこんなに素晴らしい軍医だったのにね」
何だか面白い事を言っていますね。
「初日ですから当然でしょう。まだ素晴らしいと言っていただけるほどの事は何も出来ていませんので」
バカなんでしょうかね、この○○という女は。
僕のそんな思いも知らずに○○は笑みを浮かべる。
「明日からも忙しいけれどよろしくね、××さん」
「ええ、こちらこそ。それでは失礼いたします」
会釈をし、その場を後にする。
「××、聞こえているか」
「聞こえてますよ」
割り当てられたテントには薬や包帯などが詰められていて人1人分くらいしかスペースが空いていない。
このテントで寝る人間は僕1人だから構わないんですが。
布一枚隔てた向こうから聞こえる仲間の声。
「あの○○には上手く取り入っておけよ」
「分かっています。どうやらこの戦場が持っているのはあの女のカリスマ性があるからのようですからね」
人間たった1人で戦局を保たせるなど、出来ているのが不思議でならない。
「で、どのくらいでやれる?」
「1ヶ月あれば楽に取り入れます。それから弱らせますので半年はかからないでしょう」
そうか、と向こう側で頷いた気配がする。
「ならば今から丁度半年後、この駐屯地の軍人を殲滅させる」
分かりました、そう返すと気配が去っていく。
いつもの事です。
金を貰って人を殺して、そうして僕たちは生きて行く。
人の感情を理解出来ないらしい僕の存在は彼らにとっては都合が良い存在のようだ。
人を殺しても、裏切っても、相手からの憎悪を何とも思えない。
それは悲しいことだと誰かが昔言っていたような気がするが、あれは誰に言われたんだったろうか。
まあいいか。期限は半年。それまでに仕込まなくてはならない。
ごろりと寝転がり目を閉じるとあっという間に眠りへと落ちていった。
足音が聞こえ、目を醒ます。
寝転がった体勢のまま目を閉じて気配を読み取る。
人数は1人・・・軽い音から考えると○○でしょうか。
ゆっくりと体を起こす。
「××さん、起きてる?」
「ええ、今起きました」
テントから顔だけを覗かせると○○が人の良い笑みを浮かべて立っていた。
「どうかしましたか?」
「ううん。昨日は大変だったから××さん大丈夫かと思って」
・・・・・・底なしの脳天気なんでしょうか、この女は。
そんな思いは微塵も外に出さずに僕は笑顔を作る。
「有り難うございます。これでも以前は別の戦場におりましたので、慣れていますから」
「そう。でも無理はしないでね、ここは他と違って厳しいから」
「・・・分かりました」
○○が去っていったのを確認してからテントに戻る。
気をつけるべきはあの女、ですね。
それから少しずつ信用を得るべく働きを重ねていく。
そうして1ヶ月も過ぎていけば最初に感じた不信感は既になくなっている。
ここまで上手くいくとは思って居なかったので少し拍子抜けです。
ですが問題はここからでしょうか。
遅効性で微弱だが、ゆっくりと確実に体を弱らせていく毒薬を全員に盛らなくてはならない。
食事に混入するのが確実でしょう。
少し前から食事の準備も手伝っていて正解でした。
僕はある程度耐性も出来ていますし、この毒を摂取し続けたとして弱ることもないでしょうし。
食事への毒の混入を続けて半月。
目に見えて弱ってはいないがやや活気はなくなったように思える。
「××さん!」
今のところ順調なこの計画で1つだけ誤算とも言うべき人間が居る・・・のが中々ストレスですね。
他の兵士達とは仕事の話だけをしていればいいが、○○だけはくだらない事ですら僕に話しかけてくる。
それがずっと続けばストレスにもなっていく。
「どうされましたか、○○さん」
彼女はいつもの人が良い笑顔を浮かべたが・・・少しだけ暗いようにも見えた。
「最近は隣国からの襲撃が多いからかしら。みんな疲れてるように見えるのよ」
貴方はどう思う?そう尋ねられ、頷いておく。
「でも、貴方が居てくれるから重傷の人も安心できるわ」
それで・・・と○○が突然口ごもる。
「○○さん?」
「××さんが・・・嫌じゃなければ、ここでの勤務が終わったら・・・私と一緒に本国に戻ってくれないかなって」
・・・・・・はあ。
これは所謂『告白』という物なんでしょうかね。
どう答えるのがベストか。
それを考え込む僕を見て勝手に答えをはじき出したらしい○○が困ったような表情を浮かべる。
「ああ、ごめんなさい。いきなり言われても困るわよね」
・・・仕方ない、か。
「僕なんかでよろしければ」
○○に取り入れ、というのも命令の1つですから。
約束するくらいなら問題ないでしょう。どうせ本国へ戻ることはなくなるのですから。
「ほ、本当に!?よかった!」
先ほどまで下がっていた表情が一気に明るくなる。
なんて単純なんでしょうか。
「私、貴方のことが好きよ。いつの間にか好きになってたみたい」
「有り難うございます」
一瞬考えて、僕も好きですよと当たり障りなく答えた。