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「こんにちは、ボリス」
駅の雑踏の中でも目立つショッキングピンク。
声をかけるとぴくぴくと彼の耳が動いた。
ああ、やっぱり猫なんだ。
「お、アンタか。ずいぶん久しぶりじゃない?」
「そうだね。ここしばらくはジェリコの所に居たから」
そして契約を果たしたからふらりと駅に立ち寄った。それだけ。
ボリスは、何も言わない。
彼は空気が読める賢い猫だから。
私が気持ち悪い事も、何もかも分かった上で何もなかったように私に接する。
「私、ボリスの事は結構好きよ」
「急にどうしたの。何かあった?」
ううん、何も。
曖昧に笑って言う。
何となくそう思っただけ。
好き、じゃなくて結構好きだけど。
ただ何となく、ピンク色を見てるとかつての友人を思い出す。
彼女はもっと淡いピンク色だったけど。
全てを包む、まるで女神のような女の子。
あの時は私たちは同い年だったけど、少し話しただけで私は彼女のようにはなれないと悟った。
「大丈夫?」
考え込んでいたらしい。ボリスが顔をのぞき込んでくる。
「大丈夫、ありがとう」
これが帽子屋屋敷の連中ならこうはいかない。
聞き出すまでちくちく言い続けるだろう。特にトップは。
別に言うのは構わないけれど、言ったところでもう関係のない場所だ。
どうにもできない。
それにあの世界ではみんな死んでしまった。あの魔女はどうしても倒せなかった。
「偶にボリスが羨ましくなるだけだよ」
だって猫は逞しい生き物だから。私みたいに迷ったりなんてしない。
「アンタは、」
「ん?」
「列車に乗りたい?」
わいわいがやがや。
人の声。
私は口の端を持ち上げて笑う。
「乗りたいよ。でも」
事故の音が響く。ああ、耳が痛い。
ボリスは辛くないのかな。
「私が列車に乗っても何処にも行けない」
私が帰るべき場所で、私はもう死んでいる。
それはもう諦めている。いいや、諦めるしかない。
どうしたってどうにもならないことがたくさんある。
「私は、生きる為に生きてるだけだもの」
猫の目が私を捕らえる。
彼は猫。
私は、人間?いいや、化け物だ。
魔法少女は魔女から人を救うはずだったのにな。
今の私は、人を殺して、自分が生きる為だけに生きていて。
でも、この世界のルールとしてはこれは正しくて。
何が正しいのかな。
私は、間違っているのかな。
大人になりきれない私には答えなんて一生出せないのかもしれない。
「あ、そうだ。墓守さんとの契約が終わったなら暇でしょ?俺も丁度メンテナンスが終わった所なんだ。何か食べに行こう。いいでしょ?」
気まぐれな猫の興味はもう別の物。
もしくは、私が気にしているのを察したのかもしれない。まぁ、後者はなさそうだけど。
「うん、いいよ。お腹ぺこぺこなんだ」
ボリスと話していると、何だか子供の頃を・・・一番最初の人生を思い出せそうになってくる。
思い出せそう、であって思い出せたわけじゃないけどね。
(駅でよかった)
もしかしたら無意識に、チェシャ猫に会いたかったのかもしれない。