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■忘れられない5題


酷く拙い愛の言葉が、

「会長、あの人の何処が好きなんですか?」

朝からヒステリーを起こしていた副会長である弓削田みちるの台詞に、直ぐ様答える事が出来なかった。

「今日もスカルブッチは可愛かった」

学校の裏庭に迷い込んでいた野良猫を思い浮かべたのか、ナンセンスな名付け親は相変わらず表情筋皆無ながら、何処か楽しげである。

「俺が猫だったらスカルブッチにプロポーズしたかも知れない。残念だ」

恋人同士の下校シーンにおよそ相応しくない、浮気宣言である。思わず吐きそうになった溜め息を飲み込み、本当に彼の何処が気に入ったのだろうかと自問自答した。

「何か喋れよ、つくし」
「筑紫だ」
「つくしとも読むだろ」

数点差で次席である中々に優秀な彼、つまり恋人である男は飯塚稲築と言う、戦国武将染みた名を持っているが余り知られていない。奇抜過ぎる行動力と隠さない変態さ、その見た目で生徒だけに留まらず教師からも『ジャンキー』と呼ばれている、らしい。
噂には興味がないので未確認だ。

「…飯塚」
「何だ」
「お前は、私の何処に惚れたんだ?」

自分が無愛想である事に最近まで気付いていなかったらしい男は、ぱちぱちと瞬いてやはり無表情のまま首を傾げた。

「ふむ。強いて言えば、─────眼鏡だな」
「眼鏡だと?」
「ああ、眼鏡だ」

飯塚に一般的な答えを求めた方が悪いのか。期待はしていなかった筈だが、余りの回答に反応出来ない。

「何だつくし、落ち込んでんのか」
「いや」
「ふむ。今夜泊まってやるから元気出せ」
「だから落ち込んでなどいない」

彼は時折突拍子もなく会話が通じなくなる。弓削田の台詞をもう一度思い出し、これの何処が気に入ったのかまた頭を悩ませた。

「あ、オスカーだ」

彼が以前一番気に入っていた近所の飼い猫が、首輪の鈴を鳴らしながら小さく鳴いた。鞄を開けた恋人を何ともなく見やれば、教科書が一切入っていない中にメロンパンが一つ。

「クリームメロンじゃないけど、ごめんな」
「にゃー」
「もう俺は筑紫のとろろしか舐めないから、許してくれ」

猫だからこそスルーに至った下ネタに、思わず眼鏡を押し上げる。

「…風呂、一緒に入るぞ」
「は?当然だろうが、愛し合う恋人同士なんだからな」

無自覚なのか無知なのか、てらいなく頷いた恋人に息を吐いた。

「とろろプレイしたら風呂入らなきゃベタベタするからな」
「3日連続か」

山芋だろうがとろろだろうが、何にでもなってやる。




ストンと胸に収まった

「うわー、バレンタインすげー」

会計である添田の言葉に眼鏡を押し上げ、机の上の山を見た。登校するなり教室師の入り口で下級生から押しつけられた包みを椅子の上に起き、差出人不明な机の上の包みにどうしたものかと目を細めた。

「かいちょー、袋ありますけど」
「助かる」
「へへ。俺も幾つか貰いましたけど、毎年毎年やっぱかいちょーは凄いっスね」
「おい、つくし」

がらり、と。蹴り開かれた扉に振り向いたのはクラスメート一同だ。ひぃ、と悲鳴を飲み込んだ添田は光の速さで教室の隅に逃げ延びたらしい。

「おはよう、飯塚」
「おう。…ん?何だそのプレゼントの山は。爆弾か?」
「いや、バレンタインだからだろう」
「そうか、バレンタインと言えば生とろろトリュフだからな」
「生とろろトリュフ?!」

教室中の疑問符に答える者は居ない。他人に一切興味がない飯塚には友人らしい友人が居なかった。まぁ、他人に一線引いて接する自分も似たようなものだが。

「と言う訳でつくし、頼んだぞ」
「脈絡のなさには慣れたが、バレンタインの話で良いのか」
「ああ。これ見ろ」

飯塚の鞄の中には赤いチェック模様の包装紙に包まれた箱が一つ、相変わらず教科書が見当たらないが、

「誰に貰ったんだ」

悪名高い飯塚に近付く物好きは居なかった筈だと目を細めた。もしも居るとしたなら、義理ではなく本気に違いない。

「母ちゃんからだ」
「─────母親?」
「当然だろ?だから、今夜は生とろろトリュフを作るぞ」
「つまりそのチョコレートに掛けろ、と?」
「他にどんなプレイがあるんだ?今日はバレンタインだぞ、彼氏の俺にチョコをくれ」

これやるから、と渡されたのはチロルチョコ一粒。小遣いの殆どを猫カフェに注ぎ込んでいる飯塚は、貧乏学生だ。

「まぁ良い。判った」
「おう、楽しみにしてるからな」

珍しく笑顔を晒した飯塚に、胸の奥で何かが落ちた。スカルブッチに餌をやってくる、と言って背を向けた恋人を見送るしか出来ずに、振り向いた背中が叫ぶ声を聞きながら、


「愛してるぞ!」


Me too!




消えない匂い

「今日の会長、何か朝ご飯っぽい美味しそうな匂いがするね」
「何だろ、知ってるのに思い出せない…この匂い何だっけ。みちるちゃん、判る?」
「…とろろじゃないかしら」
「「それだ」」




痛みと言うには優しい

「みちるちゃん、会長に振られたの?元気ないみたいだったけど」
「違うよ、階段から落ちそうになってたところを飯塚君に助けられたんだって」
「ヒィ、いいい飯塚にっ?!みちるちゃん大丈夫なのかな?!」
「飯塚が良い奴だから落ち込んでるんじゃない?散々意地悪してきたし」
「後から仕返しされちゃうんじゃないかな、みちるちゃんっ」
「それより会長がさっきから副会長を睨んでるみたいなんだけど、気の所為かな」

「おい、つくし。さっき副会長の乳に触ってしまった」
「…」
「張りがあった。思わず揉んだら張り手された」
「…揉んだのか」
「不可抗力だ。とりあえず筑紫のつくしの方が固いから、嫉妬するな。筑紫のつくしは、とろろまで出せる高性能つくしなんだからな」
「慰めているつもりか」

無愛想無表情ながら何処か狼狽えているらしい彼に、僅かばかり笑った。

「俺が愛してるのはつくしの踝ソックスだけだ。副会長のハイソックスには何の興味もないぞ」

嫉妬と言う汚い感情を伴うこの感情を恋愛と呼ぶなら、それもまた良いだろう。

「自信持て、つくし」

見当違いな恋人に笑って、口付け一つ。

「「「!」」」

生徒会室だと言う現実は忘れよう。




魂に根付いてしまったの

「つくし」
「何だ」
「違う、つくしが生えてる」
「ああ、もう4月だからな」
「ちょっと鞄持っててくれ」
「摘むのか」
「母ちゃんがつくし好きなんだ」
「そうか。手伝おう」
「今夜はつくしの味噌汁だな」

鼻歌混じりに土手に座り込む背中を眺めながら、今夜は泊まらないのかと細やかな溜め息を吐いた。此処のところ通いつめていた飯塚は同棲中の様に、色んな荷物を増やしていく。
キッチンにはマグカップ、洗面台には歯ブラシ、ゲームソフト、猫カレンダー、猫漫画、真っ白な課題プリント。

時折一人になると、一人暮らしの癖に酷く落ち着かなくなるのは何だろう。


「─────つくし。帰るぞ」
「あ、ああ。もう良いのか?」
「こんだけあれば、佃煮も卵とじも出来るだろ」
「…そうか」
「家に届けてくっから付いてこい」
「は?」
「ついでにうちの食糧も買っていかなきゃな、昨日までの休みで冷蔵庫空っぽだし…ただいまー」

何の迷いもなく自宅の扉に入った背中が、今度は真っ直ぐ歩いてくるのをただ見つめ、二人分の鞄を抱えたまま瞬いた。

「どうかしたのか、つくし。ぼーっとして」
「い、や」
「鞄重かったか?何も入ってない筈だが………あ、うさ耳とガーターベルトが入ってた。忘れてた」
「…」
「良し、今夜はカレーにしよう。余った人参でバニープレイだな。つくし希望のお医者さんゴッコにも飽きてきたし」

因みに飯塚が医者役だ。そして自分が看護婦。つまり全く希望は叶えられていない。なのに一人うんうん頷いた彼はスーパーへの道を真っ直ぐ進みながら、およそ健全ではない怪しいプレイの構想ばかり呟いている。

いつの間にか握られていた手は浮かれた様に、ふわふわと。

「あ、今日の味噌汁はなめこにしよう」
「今度はなめこか」
「ん?だってお前、なめこ好物だろ?俺はあんまり好きじゃないけど」

いつか機会があったら試してみよう。何の迷いもなく何のてらいなく、



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