繰り返し夢を見る。
大事な人がこぞって高い時計塔のてっぺんから落ちる夢。
当然時計塔なんてこの辺りにはないし、今はもういない人と今さっきまで隣にいた人が手を取り合って落ちていくのだから冷静に考えればすぐに夢だと解るのだけど、実際にはそうはいかない。やめて、危ないわと私の悲鳴が轟いて、その声が届かないうちにふわりと風に乗るかのように落ちていってしまうのだ。
「ゆり、」
今日もまた、そんな夢を見た。
「うなされていたけど、大丈夫?」
「平気よ」
頬を伝っていた涙を拭き、強く握りしめていた拳をそっと開く。
目の前でさっき夢の中で落ちていった人が私を心配そうに覗き込んでいる。
毎朝、これが救いだった。
「でも最近、ずっとこうじゃないか」
「そうかもね」
田蕗くんは淹れたてのカフェオレを手渡してくれた。すっかり冷え切った指先に、血が通いだすのがわかる。そのままカフェオレに口を付けると、口の中で鉄のような味がした。多分口の中を噛んでしまっていたのだろう。
そして私は果たしてこの夢の内容を言った方が良いのか、適当な言い逃れをしたほうが良いのか決め兼ねていた。
彼はなんと言うだろう。
私はなんと言ってほしいのだろう。
「落ち着いたかい」
「ええ、ありがとう」
演技は得意だった。特に笑顔を作り出すのは。
私の笑顔を見て優しく微笑み返された時、私はごまかせた、と直感的に思った。とりあえず今日はいいわ、夜は憂鬱だけれどまた明日相談したっていいんだから。
お腹の空きを感じたこともあって、何かあったかしらと思い返しながらキッチンへ向かう。
「ゆり」
「何?」
ちょうど朝ご飯のメニューを決めた時背後からした声に、私は振り向くことなく返事をした。
「話したい時に話せばいい、僕は待ってるから」
思わず振り向くと、そこにはさっきと同じ笑みがあった。
全て悟られていたことに不思議とあまり驚きはしなかった。
曲がりなりにもずっと隣にいたからだろうか。どこかで分かっていてほしいと思っていたからかもしれない。
「ありがとう」
そう告げると彼は満足そうに唇を緩めて笑った。
もう無理をする必要はないのね。
貴方は、明日の朝も隣に眠っているのね。
私は、ここにいていいのね。
すっと重りがなくなったように胸が軽くなる。
今日ならいい夢が見られるかもしれない。淡い期待をしながら窓を開けて朝の冷たい空気を吸い込んだ。