「ヤダってば」

亮が背を向けたままうなるように言うのを、佐伯と淳は目を合わせながら聞いた。

「そんなこと言わずにさ」
「そうだよ亮、今テニス部は亮の力が必要なんだから」
「そんなかっこよく言っても嫌なもんは嫌だ」

佐伯と淳の言葉に、亮は先ほどから繰り返し言っている答えを再生するように返す。
冬の終わり、寒い中も暖かい日差しが差すようになってきた昼下がり。木更津家の双子の部屋だけは、気温が下がりっぱなしである。
その原因は機嫌をこれ以上ないくらいに低下させてむすっとベッドに寝転んでいる。

「亮、お願いだから」

佐伯の言葉も、先ほどからの繰り返しである。
それでも亮は「ヤダ」と即答する。

「ね、亮がやらないと悲惨なことになるんだよ。報酬として、部費から食券一ヶ月分出すから」
「淳にやらせればいいじゃん、同じ顔なんだから。あとうちにそんな部費まわってこないから」
「淳は新学期になったらまた東京に行くじゃないか。それと部費については大丈夫、俺がしっかり捻出しておくから」

笑顔で職権乱用を言い出した佐伯に、淳は内心政治家みたいだな、と賞賛なのか罵倒なのか曖昧なことを思う。

「亮、お願いだよ。最早テニス部はお前頼みなんだ。何でもするから」

佐伯がそう言った瞬間、亮がごろりと寝返りをうった。口の端が持ち上がっている。
笑顔の亮に、淳はあーあ、とため息をついた。

「部員全員が俺のために何でもするならやってもいい」

そう言い切った亮に、佐伯が困ったように眉を下げた。

「後輩はかわいそうだから、俺たちだけじゃダメかな?」

「俺たち」と黒羽らを巻き添えにするあたり、佐伯らしい。
その後ごねる亮と困ったような佐伯の押し問答がもう一通りあったが、結局「レギュラー陣が亮のために一回ずつ言うことを聞く」という報酬で契約が成立した。葵や天根には御愁傷様である。
それでも、亮にしては結構譲った方だな、と淳は思いながら、佐伯を見送るついでに本屋にでも行こうと階下へ降りる。
亮はもちろん、横になったまま「行ってらっしゃい、じゃーねー」と軽い声をかけてきただけだ。
玄関を出ると反対方向の佐伯と淳も別れることになる。
その時になってようやく、淳が軽いため息のようなものをつきながら肩をすくめた。

「ゴメンねサエ、亮がワガママで。剣太郎たちにも謝っといて」
「ああ、うん。いいんだよ」

そう言った佐伯は、口元がゆるんでいて、どこかうきうきしているようで。
一瞬、亮を陥落したからかと思ったが、すぐに違うことに気づいた淳はまた、今度は心の中でため息をついた。


これがお似合いってやつかな


(12.2.6)

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