「アネモネ、朝だよ」

ホントはもう起きてた。あたしは別に朝が特別弱いわけじゃないし、どちらかというと寝付きが悪い方だから。でも、ドミニクが起こしてくれるのが、あたしと彼の出会ったときからの常だから、あたしは彼があたしを無理に起こさなくてもよくなった今でも朝は眠たいフリをする。

「アネモネ」
「起こして」

腕を伸ばすと一瞬あいてから、片手を掴まれた。彼のもう片方の手はあたしの背中に差し込まれる。あたしは壊れやすい人形じゃないんだから別に両手を引っ張るだけでもいいのに、そういうところがドミニクらしい。

「おはよう、アネモネ」
「…おはよう」

ドミニクの声が降ってきて、あたしは顔を上げた。長く伸ばした前髪が顔に直にかかっているのが鬱陶しいからゆっくり首をかたむけると、ピンクの視界から彼と目が合った。
彼は目が合うと、ぱちりぱちりと瞬きをしてサッと視線を落とす。何か言いたいときの彼の癖。

「その…朝食が、できているよ」
「そお?」

ぼそぼそと言われた言葉にふうん、と何の面白みもない返事をしてみる。
ドミニクは眉を下げきって、視線をゆらゆらさせている。せっかく格好いい顔をしているのに、勿体ない。あたしは彼のこういう顔ばっかり見ていて、彼を正直に「格好いい」と思ったことは、実はほとんどないんだけど。

「あの、アネモネ」
「なによ」
「ええと…」

情けない顔。
でも、彼のほとんど見せない「格好いい顔」を見たことがあるのはあたしだけだから、普段はこんな顔ばっかりしていればいいのだ。
あたしはドミニクの視線の先をたどる。ベッドに落ちたピンク色の毛先。あたしはずっと待っている。

「アネモネ。…今日は、一緒に出かけないかな」
「外へ?何をしに行くの」

あんなに口ごもったくせに、ドミニクの提案は拍子抜けするくらいあっさりしたもので、思わず聞き返す口調が厳しくなってしまった。一緒に出かけるだけなのに、何をそんなに言い出せなかったのよ、という文句はのどの奥にしまい込んで。
ドミニクはあたしのきつい声音にまた視線を落としてしまったから、あたしはいっそ彼の視界からこの髪の毛を奪ってやろうかなんてとりとめのないことを考えていた。

「買い物に行こう」

だから、ドミニクの言葉に一瞬反応が遅れた。

「は?」
「このあいだ、すてきなワンピースを見かけたんだ。でも、きみが気に入るかはわからないし。…その後は、きみの好きなカフェに行ってランチをしよう。好きなものを好きなだけ」
「ドミニク」

あたしに言わせてみれば、木偶の坊のような彼が、あたしに何が似合いそうかなんて考えていたことがびっくりだった。しかも万が一、…ううん億に一、考えていたところで、それがあたしの好みかなんて気にするとも思わなかった。加えて、カフェでランチですって?好きなものを好きなだけ、だなんて贅沢を好まない彼から出たとは思えない言葉だ。

「それで…僕と、デート、してくれると、嬉しいんだけど」

最後にぽつりと言われたことばに、あたしは開きかけていた口を閉じることも、なにか言葉を発することも忘れてぽかんと彼の顔を見つめ返してしまった。デート?
そこで気づいた。気づいたら、顔が赤くなるのがわかったのに、あたしは彼から目が離せなかった。

「……いいわよ。そのプランだったら、デートしてもいいわ」

ようやくそれだけを絞り出すように言うと、ドミニクの顔がゆるく微笑んだ。
決して格好いいわけじゃないけど、嫌いじゃない笑顔だった。

「ありがとう、アネモネ」
「…どういたしまして」

あたしを助けようとしてくれて、助けてくれて、あたしの夢を叶えてくれる彼は、あたしにとってかみさまのようなひとだと思った。





(12.1.28)

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