「センセ、キスしよう」

伸ばしかけとわかるくらい微妙な長さの黒髪を耳にかけて、可愛い教え子は可愛く笑った。
その背後に見える三人が三様の――ひとりはあんぐりと口を開け、ひとりは焦ったようにおろおろし、ひとりは眉間にこれでもかと皺を寄せている――反応を示して思わず苦笑する。大方この鼻から下を覆うマスクをひっぺがしたいのだろうことは容易に想像できた。

「name、悪いけど。お子様に興味は無いからね」
「ちっ」

途端に舌打ちされて内心おいおいと突っ込んだ。そんなところを幼なじみに似なくても。
「女の子なんだから舌打ちはだめよ」と春色の髪の少女が言い聞かせるのを背で聞いた。

「先輩、キスしよう」

さらりと長い黒髪がむき出しの鎖骨を滑って落ちる。
子どもの三年は変化に富んでいるのだと(そう例えば自分への呼称だとか)ふと思い出した記憶に思った。

「ねえ、先輩」

三年のうちに腰まで伸び、その後は揃えるためだけに切られている黒髪をそっと撫でて、嘆息する。

「当てもないひとりの為だけに髪を伸ばすくらい一途な女と浮気のキスをする気はないよ」
「ちぇ」

そう言うと彼女は残念そうに微笑んでつぶやいた。


一途な女と浮気


(本気のキスならしてあげてもいいってのは、ま、秘密なんだけど)


(10.3.18)

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