ニューヨークで予定していた日よりも二日早く任務が終わったことをツナに告げると、「ホテルを取ってあるからそのまま滞在してもいいよ」と彼は電話口で笑った。
休暇みたいなものさ、お疲れさま、ビアンキ。そう言うツナの声の向こう側はなにやら慌ただしい気配がしたけれど、ビアンキはありがたく彼の提案を受けることにした。無理無理ダメダメ、が口癖だったダメツナが、大丈夫と言うのだから大丈夫なのだろう。人に頼り、助けられることを知っている子なのだ。
クローゼットを開いて吟味する。買ったばかりの黒い、背中が大きくあいたジバンシィのロングドレスに足を通し、同じ素材の手袋を二の腕まで伸ばす。足元はプラダのオープントゥ、髪をゆるくまとめてシャネルのサングラスをかけた。本当はブランドを同じ国で揃えるのがゲームのようで好きなビアンキだが、ヒールを履くときはどうしてもイタリア革が忘れられないのがイタリア人である。
現代のニューヨークにはいささかドレッシーすぎる格好でも構わない。ホテルのカフェでクロワッサンとコーヒーをテイクアウトして、その足で歩いて目的地まで行った。
ショーウィンドウに飾られた、キラキラ光るダイヤモンドの芸術品たちを眺めていると、肩をたたかれた。

「遅かったわね」
「これでもがんばったんだけどな…」

シャツにジャケットといういつもよりフォーマルな格好のディーノがへなっと眉を下げた。
ビアンキはさっと折れたジャケットの裾をはらって直してあげた。やわらかい茶色のジャケット。ヴァレンティノだろう。靴は彼の気に入っているプラダ。服が新作でピカピカなのに靴がややすり切れてる感じがするわね、と思ったがイタリアブランドで揃えてくるあたりを評価して黙っておいた。

「でもよかった、会えて。ここ三日様子見してもずっと見つからなかったから、マンハッタンじゃないのかと思ったよ」
「バカね、任務だと言ったじゃないの。二日くらいはサボってもどうせ来れなかったわ」

ニューヨークに着いたその日に、こちらに来ているはずのディーノに、ビアンキは短いメールを入れた。
「今着いたわ。任務よ」それだけで、彼が自分に会いに来るのをビアンキは知っていたし、この街で自分がいる場所は限られている。その代わりに日時指定はしなかった。予定内に任務が終わらない可能性があったのだ、と彼女は弁明のように考えるが、実際のところまる二日を残して完了させたのも彼女である。

「コーヒーくれないか?朝から何も食べてなくてさ…」
「いいわよ」

ため息をついて手を伸ばすディーノにコーヒーを渡してやり、ビアンキはクロワッサンをかじった。む、と彼女の眉が寄る。

「甘くないわ」
「アメリカでクロワッサンを食べるのは初めてか?」
「ええ」

咀嚼しながらビアンキは首を傾げる。アメリカだからなんでも甘いと思うのは間違いだったらしい。
ディーノが苦笑しながらクロワッサンに手を伸ばしてきたから、コーヒーと交換した。

「映画ではデニッシュだったと思うんだけど」
「前に言わなかった?私、クロワッサンは好きだけどデニッシュはそうでもないの」
「ヘプバーンみたいだな」
「彼女はもしかしたら、クロワッサンも苦手だったかもしれないわ」

一つずつのクロワッサンとデニッシュを、二人で交互にゆっくり食べる。
やがて街角のゴミ箱に用済みとなった袋とカップを捨て、二人は顔を見合わせた。

「せっかく来たんだから、入ろうか」

ディーノが微笑んで店を指す。
ビアンキはくすくす笑って彼を見上げた。

「予算は10ドル?」
「参ったな、コーンキャンディにはまだ指輪がついてたっけ」
「さあ、どうかしら」

ディーノの腕がビアンキの肩を抱き、ビアンキはすましてドアマンの開いた扉をくぐった。





(12.2.17)


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