彼女は、豹のようだ。いや、女豹とかそういういかがわしい意味じゃなくて。本人にも言ったことがある。「ビア姉って、豹のようだね」そうしたら彼女は僕の頭を撫でた。彼女はそれを褒め言葉だと理解してくれたんだと思う。 毒蠍という呼称はディーノ兄がよく使うから知った。あの二人はなんだかんだで仲がいい。でもどこでどういう風に毒蠍という異名がついたのかは、ディーノ兄は知らないのだろう。だってディーノ兄にとって彼女は、「ビアンキ」であるのだから。その「ビアンキ」がたとえばツナ兄の「ビアンキ」とは違うことを、僕はこっそりと知っている。だって、もう僕はみんなと初めて会った頃のように幼い子どもではないのだけど、彼女は未だに僕のことを子ども扱いしたがるからだ。だから僕は、何も知らない子どものままで。 「フゥ太。どうかしたの?」 「僕だってね、ビア姉」 横たわる彼女の横に手をついて、閉じ込めてみたって、彼女は僕を子どもだと思っている。 子どもの顔で微笑んで、僕は言いかけた言葉を止めた。彼女の右手が僕の喉元から離れていく。尖った爪の先が一瞬キラリと光ったのも見ない振り。 「ビア姉の子どもになりたかったよ」 言いたかったことと真逆なことを言うと、彼女はねむたそうな目で微笑んで、僕を引き寄せた。ぽんぽんと優しく背をたたかれる。 「私の子どものお兄ちゃんになって頂戴ね、フゥ太」 「…任せて」 それ以上は彼女の眠りの妨げになってしまうし(もう起こしてしまったけど)、彼女のお腹の赤ちゃんの負担になってしまうから、僕は身を起こして微笑んだ。 彼女は明日、彼女を特別な「ビアンキ」と呼ぶあの人と結婚する。 彼女の話 (12.1.2) |