!死ネタです



生まれた赤ん坊の洗礼があるのだろう、教会には荘厳な雰囲気がただよっていた。
マフィアの三代記を描いたかの有名な映画のラストを彷彿とさせる、薄暗い日、薄暗い石造りの教会の中に黒い礼服をまとった赤ん坊のファミリー。
ビアンキは同じ光景を見たことがある。遥か昔、愛してやまない弟が生まれて名づけられたその日、齢みっつかそこらの彼女はやはり黒いベルベットのリボンを気にしながら参列していた。あの日おぎゃあおぎゃあと人見知りで泣いていた赤ん坊を見つめていたビアンキの母親の顔を、ビアンキは覚えていない。彼女は確かに自分を産んだ母親をも愛していたけれど、それよりも父親の愛人から生まれた弟のことをより愛しているからだ。だからあの日の母の表情など、忘れてしまうに限ると彼女は記憶を放り投げてしまったのだ。
そこまで考えたところで、神父の洗礼の祈りが聞こえてきてビアンキは閉じていたまぶたを持ち上げた。薄暗い日、薄暗い室内であるから目はすぐに慣れる。
記憶の弟とは違って人見知りしないのか、神父の腕の中の赤ん坊はすやすやと穏やかに眠ったままだ。
ビアンキは息を吐き出さないため息をつくと、背を重厚な柱から離した。普段ならば品がなくてもコツコツ音をたてるヒールを、今日は意識して消しながら歩き出す。神父の祈りの言葉が深く重い石にしみこんでいくようだった。



外に出ると、大雨が降っていた。
舌打ちする気力もなく、かろうじて濡れない教会の軒先に立ってぼうっと空を見上げていると、慣れてしまったシガレットのにおいが鼻をくすぐった。

「珍しいな」
「クリスチャンよ」

私の家系はね、と鼻を鳴らす。生粋のイタリア貴族の子孫なのだから当たり前だ。彼女と弟は年若くして家を出たから、あまり信仰心に篤くないだけで。

「だっておまえ、ミサにあんま出ねぇじゃん」

笑う気配にのろのろと右を向く。煙を吐き出すディーノは、それでも笑っていなかった。この男に対して笑っていてくれればよかったのに、と思ったのは初めてかもしれない。

「…隼人が生まれた時にもう十分出席したわ」
「そうか」
「生まれた時には何度も通ったのに、死んだ後は葬儀が一回だけなんて、そんなの耐えられない」
「うん」
「あの子が洗礼をうけた教会で、あの子のためにレクイエムを歌って、その後は毎週日曜日になんにもなかった顔でミサに出席するなんて」
「…そう、だな」

ああ、ああ、ディーノ。
ビアンキの声にようやく彼女の方を向いたディーノの目元には隠しきれない疲労の影ができていた。目尻も穏やかになったといえばそれまでだが、昔とは違って情けなさの代わりに貫禄と、やはり疲労がにじみ出ている。

「どうして隼人はしんだの」

ビアンキの乾いたくちびるからその言葉がもれだすのを、ディーノはじっと死刑宣告をうけるかのように見つめて、聞いていた。
唯一の肉親であり、最愛であった弟を喪った彼女は、かつての強さをすべてどこかに棄ててしまったかのように弱々しい。お互い30を過ぎて、隠せない隈ができるようになっても、彼女は強かったのに。かわいてしまった唇、くすんだ肌、毛先が絡まった髪。相変わらずガリガリな体はきっと、もっと骨と皮に近くなってしまったのだろう。頬骨すら、以前よりも目立つようになってしまった。それなのに、ビアンキは美しかった。きっとそう感じる、ディーノが。

「隼人にあいたい」

色味のない頬に涙がつたう。ほそく尖った顎からぽつぽつと雨のようにそれが石畳に落ちていってようやく、ディーノは雨があがっていたことを知った。シガレットはとうの昔に湿気ってダメになったまま、おろした右手に挟まっている。
私があの子のかわりになりたかった、と泣くやせっぽちのからだを優しく優しく抱きしめながら、それでもディーノは腕の中の女を美しいと思うのだ。


ゲッセマネの丘で


(12.11.6)


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