ツンと鼻につくエナメルのにおいにディーノがこちらを見る気配がした。私は知らんぷりしてロイヤルブルーのそれを爪に塗っていく。ディオールで一目惚れして買ったそれは、私を強い女に奮い立たせてくれるような、高貴で誇り高い色をしている。

「ビアンキ」

自分は何度言っても紫煙をくゆらせるくせに。お気に入りのシャンプーの香りは、彼と一晩過ごしただけで跡形もなく消えてしまう。だから、ディーノの呼びかけには答えなかった。
ディーノはしばらくこちらを見ていたけれど、またソファーの肘掛けに頭を乗せる音がした。ここ最近はずっとこんな雰囲気が、私たちの間にただよっている。
いつもだったら、ここまでひどくならないうちに私から突き放していた。もう会いたくないわ、あなたといても楽しくないの、もう嫌、疲れた。ありきたりで陳腐な言葉を、いかにも自分の方が可哀想なヒロインぶって相手に泣きわめくようになげつけて、そうして別れたことはティーンエイジャーのときから腐るほどある。
それができないのは、きっと、私たちが恋人だなんてなまぬるい、それこそティーンズのような関係じゃないからだろう。それに私は、年をとりすぎた。

「ディーノ」

むっと鼻につくタバコのにおいに私はつま先を睨みつけるようにして彼の名前を呼んだ。返事はない。
ツナがジャッポーネから正式にやってきたのがもう遠い過去のように思える。あの頃私はまだフリーだった。殺し屋としても、一人の女としても。ボンゴレボスの結婚式のとき、私は駄々をこねて、困ったような不機嫌なような表情の隼人とおそろいの、ベルベットのリボンが目を引くドレスを着た。隼人のスーツと見比べながら結婚式当日はとても満足していたのを覚えている。「姉弟でお揃いっていいな」と相変わらずよく似合う淡い色のスーツを着たディーノが私たちを見て微笑んだのも。ディーノとは、その時すでに関係があったように思う。先日、ツナに赤ちゃんが生まれたとき、私はディーノと一緒にその赤子に会いに行った。もちろん、赤子の母親にも。いつまでたっても可愛らしい、義母によく似た彼女が抱いた赤子を見て、私の両目から涙がぽろぽろこぼれた。「うわ、ビアンキ!?」「ビアンキさん、大丈夫ですか!」慌てる夫婦と対照的に、ディーノがゆっくり私の涙を次から次へとふきとって、微笑んだ。今思うと、私はディーノのあの笑顔が好きなのだ。帰り道で、ディーノは私をぎゅっと抱きしめた。今まで知っている中で、一番優しい腕だった。

「ビアンキ。もうおしまいにしよう」
「ええ、わかったわ。ディーノ」

でも、だめだった。
ディーノがタバコを灰皿に押し付けて立ち上がる。マニキュアのふたを閉めて、私は目を閉じた。
くちびるが離れ、足音が遠ざかり、ドアが閉まる。
部屋にひとり残された私は、それでも目を閉じて、必死につめで輝くロイヤルブルーを思い出していた。


泣くには年をとりすぎた


(12.3.4)


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