『エヴァンジェリン。縮めてエヴァンです。…それだけ』
何度となく調べた。ある程度手段を問わずにだ。だがいくら調べても、「あのエヴァンジェリン」のデータは、プラントのどこにも見当たらなかった。
イザークがアクセスしていたのは、プラントに住む市民の戸籍データだ。プラントに住んでいるのなら、必ずここに名前があるはず。評議員や軍人でさえ例外ではない。
ここに名前がないとなれば、エヴァンはプラントには住んでいないか、特殊な事情から戸籍が公開されていない…或いはできない、ということになる。
もしくは、
(…名乗った名前が嘘、か)
一番可能性が高いと言えば、それだった。買い物の紙袋を持ったエヴァンの姿。プラントに住んでいない…というのはおそらくないだろう。
……思わず、ためいきがこぼれた。
同名の違う女の顔など、もう見たくもない。
「おい…お前ほんとに大丈夫かよ?」
「…構うな。平気だ」
わずかにつながった手を思い出す。冷たくて、少しかたくて、白い。からまる細い指の感覚。
結局、そのつながりは拒絶されたのだと思うと、胸のあたりがぎりぎりと痛んだ。この感情をうまく言葉で表せるのならばいったい何だというだろう。
「…ディアッカ」
「ん?」
「…いや、いい。行くぞ」
イザークは執務室を出る。つきあいが長いとはいえ、ディアッカにこの思いをどう説明すればいいのか見当もつかない。
ディアッカのほうも、戸惑いながらもかける言葉がなかった。親友が、自分のどうしようもない感情をもてあましていることだけは何となくわかったが。
―――その理由があの「エヴァンジェリン」にあることもだ。
(なんだかんだで、マジメな奴だしなぁ…)
自慢ではないが、イザークもディアッカも、女に苦労したことはなかった。アカデミーにいたころから、女の視線が集まるのは常日頃、遊びのような浮いた関係など日常茶飯事。それもたいてい女のほうから寄ってくる。
あの頃は、まじめな恋など重いだけで。馬鹿にしていた。―――その重みを心底思い知ったのは、ディアッカとてつい最近のことだったけれど。
イザークはといえば、女のほうがどうであれ、後をひく関係を持ちたがらなかった。彼の割り切りの冷酷さを、ディアッカはよく知っている。
一方で、本気で求めてくる女には手を出さないのだから不思議と言えば不思議か。潔癖なアスランとは違う、不器用な優しさ。道理でアスランとは始終対立しっぱなしだった。
イザークを迷わせる女がどれほどのものか、興味があった。
評議会ビルの廊下を歩き、つきあたりのエレベーターの前へきたときだった。
ふと、視線の端に、見覚えのあるハシバミ色が揺れた。
なにげないそれに、イザークは思わず目をひかれる。すこし離れた場所に立つ、一人の女がいた。黒い軍服に身を包み、壁に背をあずけている。
長いハシバミ色の髪。横顔にはサングラス。
それは単なる偶然のいたずらだったろう。
だがどんな勝負も恋もタイミングがすべてだ。
女が、サングラスをはずした。
「エヴァン……!?」
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