海とわたしは手を結んで
ジュール邸への訪問から数日後。
エヴァンの家の机には、イザークに買ってもらった通信機と、携帯電話があった。
古めかしい家には目立つ、近代的なメタルの通信機。登録してあるアドレスは今のところ一人だけ。
《ハロハロ、バンザーイ!》
「…はいはい」
ぴょんぴょん跳ねるペットロボ。黄色いコイツも、古い家には似合わない。だがせっかくもらったものだし、電源を切るのも惜しいので、結局好きなように家中跳ね回っている。
黒い軍服の襟を整えて、エヴァンはパステルブルーの携帯電話を手に取る。
女らしいデザインの携帯電話は、鏡に映る黒づくめの自分にはひどく浮いて見えた。
…最近、自分に似つかわしくないものが増えた気がする。
エヴァンは携帯電話をポケットに突っ込み、中に菓子を詰めた箱を持って家を出た。
***
「ふぅん…独占欲の塊だね、イザーク・ジュールって」
「…………」
アーモリーワンでカオルに会い、携帯電話を見せた途端にこの一言。
身も蓋もないが、さすがのエヴァンも反論が思いつかない。何せまさにその通りであって…イザーク自身、それを否定する気はたぶん無いだろう。
「まさか専用のケータイ買ってくるなんて思わなかったよ。一日でずいぶん進展するもんなんだね?」
「…言っておくけど、私が買ったわけじゃないわよ」
「わかってるよ。だから独占欲の塊だねって言っただろ?」
一般人用の、見た目はやたら可愛らしい携帯電話を物珍しげに眺めるカオル。
「メルアドとか交換したの? 電話でどんな話してる?」
「からかってるつもり?」
「いいや? 興味あるだけ」
イザークとは、メールアドレスも電話番号も当然交換済みだった。用件だけの連絡しかしてこないものかと思っていたが、意外にもイザークは豆に電話や通信を入れてくる。
お互いに、用といえる用が無くても、機器を買って以来、毎日欠かさずに連絡しあっていた。
「…話題が無くて困るわ」
「うわ、天変地異の前触れ? 潜入してたときはどんな話でもできてたのに」
「そうじゃなくて…」
工作員として地球に潜入していた頃は、どんな設定の人間にもなりきれるよう、あらゆる事柄をさらっては頭に叩き込んだ。だからたいていの話題にはついていけたし、自分から話題を振って相手を誘った。
そんなエヴァンが話題の少なさに辟易するとは。恋とは恐ろしいものだ。
「まぁ頭に入れたとはいえ、付け焼き刃だったからね。でもボロ出さないくらいにはマスターしてたろ?」
「それは…上辺だけの話ならいくらでもできるけど。それはいけない気がして…」
カオルは隣を歩くエヴァンをまじまじと見つめる。
「……なに?」
「いや、恋すると人が変わるっていうけど、ホントなんだなぁと思って」
むっとしたらしいエヴァンに睨まれ、カオルは舌を出して目をそらした。
一方で、安心してもいた―――つまり、エヴァンにとってイザーク・ジュールという男は、今まで仕事のカモだった連中とは違う存在だということ。
敵とみなせば容赦せず、任務遂行のためならば躊躇うことなくその手を汚してきた。秘密保持とあらば、昨夜寝た男を翌朝撃ち殺すような女なのだ。
たとえそれをエヴァンジェリン自身がどう感じていたとしても、割り切る術はとうに覚えた。
それはカオルにしても大して変わらない事実だ。
そんなエヴァンジェリンをこんなにも戸惑わせるイザーク・ジュールは、カオルから見れば相当な大物に見えてくる。
「…ホントに天変地異が起こるかも」
「悪かったわね」
つぶやけば、耳聡く反論された。
ボルテールの進宙式は、二人が向かっている格納庫で行われる予定だ。
エヴァンジェリンとカオルが進宙式に出るのには、わけがあった。エヴァンジェリンは今朝知ったことだが、ボルテールを狙ったテロ対策に<アンノーン>が引っ張り出されたのだ。
穏健派に政権が移ってしばらく経つとはいえ、強硬派の残党が過激な真似に出るケースはまだ多発していた。
エヴァンジェリンたちは、カナーバらの護衛が無いときは、主にそういったテロ対策と、過激派の監視を行っている。
「全く、テロ対策なんて大事なことは早く言ってよね」
「テロ対策で見送り行きます、なんてロマン無いじゃないか」
「…何事もなければ同じことよ」
「ホントはそう思ってないでしょ?」
エヴァンジェリンの手には、焼き菓子を入れた箱がある。
たしかに、テロ対策のついでに見送りに来ていたら、菓子など作ってこなかった。
…あのお茶会で、イザークがあまりに嬉しそうにするから…
軍の基地を、菓子箱を下げて歩く黒づくめの女。もはや喜劇すら通り越したかもしれない。
目の前に迫った扉の向こうには、イザークがいる。
そう思うと、異様なくらいに胸が高鳴った。緊張とそれから、何かわけのわからない高揚で。
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