正論はショコラに劣る





 今日は何やら特別な祭りの日らしい。
 マリアがいるだろう島に降り立つと、港にまで甘ったるい香りが漂ってきた。
 甘いものは得意ではない。何とも言い難い、胸にたまるような芳香に、ミホークの眉間にしわがよる。
 彼女とて、大して甘いものに嗜好が傾いていたわけではないはずだった。どうして逢瀬の場所にわざわざこの島を指定したのかと不思議に思う。

 街中は香りどころか視界までもが騒々しくなっていた。
 赤やピンクに染め上がる街。その中を黙して歩く黒づくめの男とくれば、何とも奇異な―――或いは畏怖の眼がからみつくのも無理はないか。今更慣れたことで、気にする気もなかった。
 目的地は、もうすぐそこだ。


「あ、ミホーク」
「…疲れた」

 開口一番、渋い顔をして言ったミホークに、マリアが苦笑する。

「ごめんね、こんなところに呼び出したりして」
「構わん。解せないがな」
「そう?」
「甘いものはそう好きでもなかろう」

 あら、私の好みを憶えててくれたの? と笑うマリア。何だか釈然としない。今日の彼女はチョコレート色のロングドレス、深く入ったスリットから覗く白い脚が艶めかしい。こっちのほうが余程美味、などと言えば機嫌を損ねるだろうことくらいは、ミホークにも予想がつく。だが悪戯っぽく笑っているマリアを見ていると、無性にその余裕を崩してやりたくなるのだ。

「今日はね。この島ではイベントがあるんですって」
「…そのようだな」
「乗り気が無いわね。じゃあこれも要らない?」

 そう言ってマリアが取り出して見せたのは、赤い細いリボンがかかった黒い紙箱。
 …中身はおのずと知れた。

「甘いものは好かぬ」
「知ってるわよ」
「はぐらかさずにさっさと言え。でないと「お前を食べるとか言い出したら怒るわよ」

 分かってるじゃないか、と告げれば、むぅとマリアがむくれる。そんな感情丸出しな顔も気に入っていると言ってさらに彼女を高ぶらせてみたい気もした。だいたい、相手の好みや心根を知らないほど、短い付き合いではないのだ。

「…今日は、女から男にチョコレートを贈る日なんですって」
「ほう」
「…いいわよ、別に。要らないなら自分で食べるわ」
「要らぬとは言っていない」
「無理しないでいいったら」
「いいから寄越すのならさっさと寄越せ」

 ミホークが手を伸ばすと、マリアがさっと箱をよけて遠ざける―――が、所詮は無駄な抵抗。身体ごと捕まえて引き寄せ、難なく箱を奪い取る。「ちょっと!」と叫ぶのを無視してリボンの端をくわえ引っ張ると、それはするりとほどけ、床に落ちた。
 ミホークの姿を目を丸くして見ていたマリアは、頬を若干赤くして目を背けた。…一瞬見惚れたなどと、絶対に言ってやらない。
 だが器用に片手でふたまで開けたミホークが、中に入っていた四角いチョコレートをつまみあげたとき、マリアが軽く背伸びをして、彼の指先にあった茶色いかたまりをぱくりと、口で奪い取った。

「………」
「………」

 妙な沈黙と共に舌の上でとろける予測通りの味を吟味していると、力強く抱き寄せられて、少し冷たい唇が噛みつくようにマリアのそれに食らいつく。
 まだチョコレートが残ってるのに、と抗議する暇も与えずに、乱暴なほどにマリアの咥内をミホークが蹂躙していく。
 息苦しさに耐えられなくなって、ミホークの肩を叩きようやく解放される。口の中にあったはずの大人びた味は、すっかり舐めとられてなくなってしまっていた。
 ちゅ、と指先にわずかに残っていたチョコをも舐めて、ミホークが呟いた。

「苦い」
「……当たり前よ。苦いチョコ使って作ったんだから」
「美味い」
「…ほんとに?」
「ああ」

 甘ったるい口移しから奪った味は、程よいビターテイスト。ワインでも欲しくなる味だ。
 やはり、彼女は分かっている。
 安堵したようにマリアが微笑む。最初からそうしていればいいものを、と思いつつ、まあ今までのやり取りも悪くない。

「ところで、今日が「愛する者」にチョコレートを渡す日だとは終ぞ言わないつもりか?」
「!? 知ってたの!?」
「街中を通れば誰でもわかる」
「…気のせいよ。だいたい今日は本当はある聖人の命日で―――」
「言い訳は無用だ」


 正論はショコラに劣る


「ただの正論よ!」
「無粋なものを持ちこむな」



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