めいんでぃっしゅ | ナノ

::明光と蛍

「蛍!」
町民体育館での加持ワイルド・ドッグスの練習を終え、あっという間に体育館から出ていく蛍を慌てて呼び止めたのは兄である明光だ。
「ちょっと待ってて!」
何?と蛍が口にするより前に明光はそう言って体育館へと戻っていった。
取り残された蛍は、そのまま帰るわけにもいかず、一先ず体育館の出入口に座り込んでスマートフォンを取り出した。



「お待たせ」
画面を滑る指を止めるように明光の声が響いた。帰ろうとする蛍を明光が呼び止めてから1分も経っていない。
「はいこれ、お土産」
明光の手に掲げられたそれはコンビニの白いビニール袋のせいで中がよく見えなかった。
「…何」
言いながら蛍は袋の中を覗いた。そこにはクリーム色をした箱があった。ティッシュボックスを一回り小さくして2つ積み上げたくらいの大きさだ。持ち手がついているその箱はケーキ屋やドーナツ屋でよく見るそれだった。そしてその箱の隅には有名店のロゴが入っている。
「誕生日プレゼント」
覚えていたのか。わざわざこんなの。聞きたいことが多すぎて蛍は反射的に顔を上げた。
「おめでとう」
明光にこんな風に面と向かって笑顔で祝福されるのは久しぶりで蛍は思わず目を逸らした。
「……どこに置いてたの」
「クーラーボックスに入れてたから安心しろよ」
「……そう」
「も〜すげえ並んだんだからもっと喜べよなー!」
素っ気ない蛍の言葉に明光はわざとらしく肩を叩いた。


その行列が出来る店を明光が知ったのは先月のことだ。
お盆休みで帰省した時にリビングのテレビでそれを見た。
その番組は基本的に体を張るタイプのバラエティなのだが、数ヶ月に一度、ただのグルメ番組と化していて、その時はまさにその回だった。
今回は最近話題のスイーツ特集だとかで、様々な地域の話題のお店を紹介していた。
『続いて東北ブロックからは宮城県――』

『あ、来ました!これは…ショートケーキですね?』
リポーターの目の前に置かれる様子を少し引いた画で撮られていて、一見すると白と赤しか見えない。至って普通のショートケーキのようだ。
そう思ったタイミングでカメラはケーキに寄っていく。
『クリームの絞り方、苺の飾り方から拘りが見て取れますね〜。じゃあ早速、いただきますね!』
リポーターがケーキを口に運び美味しそうな表情で美味しいとまずは一言。そして細かい感想を言い出したところでそこから更に視聴者の興味を惹くためにインサート映像に切り替わる。
リポーターがスポンジについてコメントする声をバックにショートケーキに優しくフォークが入っていき、スポンジの弾力を伝える。
視聴者の目を奪い、脳を支配し、味覚を刺激する映像だ。食前に見ていたら気が狂っていたかもしれない。
明光が、美味そうだな、と呟いてふと蛍を見れば、蛍は分かりにくいが明光以上に釘付けになっていた。
明光は、蛍こういうの好きだろ、とは口にせず店の名前だけを頭にいれてその場はやり過ごした。


「食ったら感想教えろよ?」
「テレビで見たでしょ」
「俺は蛍の感想が聞きたいんだよ」
「…………」
兄ちゃんも食べれば、と言い掛けていたのだがそう言われてしまえば、蛍は押し黙るしかなかった。
「三行以上な!じゃあ、それ食って明日も練習頑張れよ!」
早く帰宅させるべく、おやすみ、と手を挙げる明光に蛍は一瞬、何と返すべきか迷った。けれど結局、何も言えずにその場を去った。



ありがとうは電波にのせて
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -