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こんな簡単なことだった
それは夜、お風呂から上がり自室に戻ったときのこと。扉を開いてそこにいたのは、見覚えのある後ろ姿。私の存在に気づいたその人はこちらに振り向き笑った。

目の前の淀んだ深緑の瞳に見つめられ、金縛りにあったかのように身体が動かなくなる。深紅の色をしたシャツに身を包んだ、褐色の肌を持つ少年。とても見慣れた顔をしているというのに、まるで全く知らない別人のような雰囲気をまとっていた。アリト、突然姿を消した彼は紛れもなく目の前にいる人物であろうに、何故かとても恐ろしく感じる。以前の彼は良い意味でも悪い意味でも一直線で、こんな、昏く濁った眼など決してしていなかった。

彼は私の部屋を物色していたらしく、お風呂へ行く前と物の位置が変わっていることに気づく。否、そんなことよりも彼はどうやって部屋に入ったのだろう。今日は親が友人の誕生会に招かれていないために、普段よりも念入りに窓や玄関の鍵をチェックし、何も問題はなかったはず。どこからも人が入れるはずないのに、どうして。やっと動くようになった足で、一歩後ずさる。それを見逃すはずもなく、アリトであろう彼は不機嫌そうに逃げるなと低い声で呟いた。当然、再び足は凍りつく。


「久しぶりに会ったのに随分ひでぇ再会だな、ええ?」
「やっぱり、アリト、なの…?」
「おいおい、まさかオレの顔を忘れたなんて言うんじゃないだろうな」


そんなまさか、忘れるはずもない。アリトは同級生の九十九くんに負けず劣らず目立つキャラをしているし、何より私の大切な友人なのだから。そんな彼の顔をこの経った少しの間に忘れるなんてことありえない。もちろんこれからも覚えている気はあるけれど。でも、ううん、そうじゃない。まずは聞かなきゃ、どうしてここにいるのか、今までどこにいたのか。

私は今、確かに目の前の彼をアリトだと認識していた。けれど、心臓はバクバクといつもより速く鼓動を打っていて、脳内には危険信号が鳴り響いている。蛇に睨まれた蛙のように身体も動かず、これではまるで早く逃げろと全身が訴えているかのようだ。大切だと思っている友人から逃げろだなんて、一体どういうことなのか。早く気づくべきだった。


「アリトはどうして私の家を知ってるの?どうやって入ったの?それに今まで」
「落ち着けよ、とりあえず久しぶりの再会を喜ぼうぜ。ほら、こっち来いって」


私のベッドのすぐ傍にどかりと座るアリトは私を手招きして呼ぶ。その表情は、以前の無邪気な笑顔はどこへやら、何かを企んでいるかのような。途端に脳内の危険信号がより強く鳴り響く、行っちゃダメだ早く逃げろ。ガタガタと足が震え始める。幸いにも部屋のドアは真後ろ、すぐ逃げられる!私はバッと後ろへ振り向きドアノブへと手をかける。力任せに捻って、ドアを開けて、


「え…?」


開かない。ガチャガチャ、ガチャガチャ。何度捻ってもドアが開くことはない。なんで、どうして、壊れているはずなどないのに。ハッと気づく、そうだ、後ろにいた彼は?振り返ろうとしたが首筋に当たる吐息に顔が真っ青になる。いる、すぐ後ろに、深紅のシャツを着た見知った顔をした見知らぬ誰かが。


「ったくひでぇな、せっかく会いに来たのに逃げようとするなんてよ」


耳のすぐ近くで声がした。クツクツと喉で笑うような響き、顔を見なくたってわかる、彼はニタニタと私を嘲笑っている。すると、左耳の耳たぶをパクリと口に含まれた。思わず身体をぶるりと震わせ、甲高い声が口から漏れる。肉厚のある熱い舌のざらざらとした感触が伝わり、まるで私の反応を楽しむかのように舐られる。声が唇から漏れないように、耐えて、耐えて、しばらくそうした後に、ようやく舌の感触から解放された。

しかし、全身の力が抜けてしまい掴んでいたドアノブをゆっくり放す。そのままその場に崩れそうになると、すぐにその手は彼に掴まれ、ぐいっと引き寄せられた。彼と正面から向き合わされ、逃げられないようにするためか異常なほど強い力で私の身体を抱き締める。アリトの肩に顎を乗せるようにして抱き竦められているため、彼の表情は見えない。


「…いっ、た……離し、て」
「嫌だね、絶対逃げるだろ」


元々体力のない私がアリトの力に勝てるはずもない。仕方なく、ふ、と身体をアリトの方へ預ければ少しだけ抱き締める力が弱まった気がした。逃げる力がないと判断したのだろうか。どっちにしろ正解で、私にこの場から逃げ切る力など残っていなかった。しかし、危険信号は鳴り止まない、未だに逃げろと催促する。もう、そんな力なんて私に残っていないって言ってるのに。


「良い、匂いだ」
「…?」
「ずっと、お前をこうして抱き締められたら、キスできたら、オレの手で滅茶苦茶にできたらと思ってた」
「な、なに」
「どれだけアピールしようとしても中々上手くいかなくてよ、でもそんな回りくどいことなんてヤメだ」


なあなまえ、オレやっと気づいたんだよ。初めから、こうしてりゃ良かったって。

私の肌に指を滑らせ、何処か恍惚とした声でアリトはそう言った。



0516
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裏突入か迷ったけど、とりあえずここで一旦終了してみた。要望があれば続き書くかもしれない。なくても書くかもしれない。わからない。
赤シャツアリトきゅん様はエロくて困りますー
というかあれ、名前変換が少ない
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