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眠る君への愛言葉


ねえ、もう寝ちゃったの?
小さな声で、隣の体温に問いかける。返事の代わりに聞こえるのは、小さな寝息。問いかけにも微動だにしない様子から、本当に眠ってしまったらしい。良かったと思う反面、少し残念に思う自分に気づき叱咤する。
漸く、こうして眠ることができて良かったじゃないか。廃墟に置かれたズタボロのベッドで怯えて眠るよりもずっと良い。いつも私が眠るまで起きていてくれた隼が、今は私より先に眠ることができるこの安定した環境に、何の文句があるというんだろう。


「……」
「……」


お互いの呼吸だけが、この沈黙する部屋の壁に吸い込まれる。それが少し、寂しいと思ってしまうのは、多分私のエゴであり、隼に対しての甘えなんだと思う。
以前は眠りにつく前に、背中をトン、トンと一定のリズムを刻んで優しく叩いてくれた。それがなんとも心地よくて、どんなに恐怖を抱いていても隼が傍でそうしてくれるだけで眠りにつくことができた。まるで赤ん坊を寝付かせるようなその動作は、普段前線を切って戦い疲れ果てていた隼にとっては、最大の愛情表現だったのかもしれない。その彼なりの愛情表現に、私は甘えてしまっていたのだ。隼が体力的にも精神的にも疲れ果てていることを知っていながら、私は。


「……隼」
「……」


返事は、ない。いや、当然起きてくれない方がいいし、今ここで隼が起きてしまったら、罪悪感に襲われるだろうことも分かってる。こうして寝息をたてて眠る隼を見るのは何時ぶりなんだろう。襲撃を受け、命からがら逃げ延びて、いつ敵が再び襲ってくるかもわからない状況で安心して眠ることなんてできるはずがなかった。私が眠った後の隼が、きちんと眠っているかなんてこともわからない。私より遅くに眠る隼は、私よりも早くに目覚めているんだから。何度も、私が代わりに見張るからと進言したけれどその度に跳ね除けられ、結局ハートランドにいた時は終の終まで、隼の好意に甘えてしまっていた。だからこそ、今この時だけはせめて、彼の眠りを妨げないようにしたいのに、どうしてこうも寂しさを感じてしまうんだろう。いつも背中に感じていた温かい手の体温が、ないからだろうか。名前を呼べばすぐに返ってきた返事が、聞こえないからだろうか。


「……」


朝起きて、この寂しさを、この甘えを、隼に伝えることなんてきっと私にはできないだろう。今漸く見えてきた小さな希望の光に突き進む彼の邪魔だけは、したくない。ただほんの少し、ほんの少しだけでいいから、その温かな体温を私に与えてくれるだけでいい。そう思って、隼を起こさないように、彼の左手の薬指に指を絡めた。





150524
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左手の薬指=愛を深める、心を受け入れる、絆を深める
という意味があるそうです。
本来は指輪をはめる場所の意味です。
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