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鬼さんここに
※「続々ゆゆ姉」の鬼ごっこの話




ゲームスタート、いつもの可愛らしい笑顔でそう告げた弟は、まるで、いえまさしく、悪魔だった。それは、ゲームの開幕を告げた弟だけではなくて。
寡黙だけれど、とても優しい騎士のように私を守ってくれる弟も。
明るくて誰からも頼りにされる、1番元気で素直な弟も。
言葉は冷たいけれど、どんな時も私を励ましてくれた弟も。
皆が皆、4人共、瞳の奥で真っ黒な液体がどろりと渦巻いたような、欲に飢えた目で、笑っていた。
弟達がときどき、そんな目をしていたことを私は知っていた。けれど見ないふりを、ずっとしてきた。
だって、私と彼らは実の姉弟ではないにしても、家族なのだと、私は思っていたから。例え弟達が、1度もそんなことを思っていなかったと、最初に会った時から姉としてではなく異性として慕っていたと、そう私に告げたとしても、私にとっては家族だった。
そんな私を弟達は許せないようで、弟達は突然不気味に嗤いながら私に言った。


「姉さん」
「提案があるんだ」
「今からオレたちと」
「鬼ごっこしない?」


ニタニタ、ケラケラ。
鬼ごっこをしようと誘う弟達に不信を抱きながら、首を傾げると、1つの返事もしていないのに彼らは勝手に話を進める。最初から私の意見なんて全く聞く気がないようで、とんとん、とんとん、次から次へと、弟達の口は言葉を紡ぐのを止めない。
鬼ごっこ、1時間逃げ切って、捕まったら、姉さんを。
弟達の言葉は私の頭では理解できないようだ、この子たちが何を言っているのか、私には、わからない、わかりたくなんてない。私は弟達と、ただの家族でありたいのに、彼らはそれをわかってはくれない。
私も彼らの、私に対する情欲なんて、わかろうとも思わない、それと同じ。
そして言葉を失う私など気にする様子もなく、末の弟遊矢は、ゲーム開始の宣言をしたのだ。


「ねえっ……」
「さあ姉さん!もうゲームは始まってるんだから、早く逃げないと」
「それとも、僕たちと交合いたい?」


クスクス笑うユーリの手が伸びてきて、私は弾かれたように家を飛び出した。あの目は、いけない、本気だ。

腕の時計を見ると、時刻は夜の9時を過ぎたところで、まだ近所のお家には明かりが灯っている。
この近辺はあまり子供もおらず、遅くまで起きている人も少ない。まだかろうじて明かりがついている家は、確か…と考えていると、バラエティ番組でも見ているのか、大きな笑い声が聞こえた。ああ、この声はよくスーパーで会うおばさんの声だ。
彼女に言えば、家に入れてくれるだろうか、時間が過ぎるまで……そこまで考えて首を振る。きっと、誰かの家に逃げ込んで、私を知る誰かに匿ってもらったとしても、それは意味をなさない。
弟達は実は狡猾なのだと、知っている。私が何を言ったって、他人を言い包めて、私の手を引いていくだろう。
なら、できるだけ遠くへ逃げたほうが得策の、はず。
でも、でも、どうしよう。
むしろ、離れたところよりも家の近くにいて、4人がいないことを確認して部屋に戻って隠れた方が、安全なのかもしれない。遠くへ逃げたと思ってくれれば、良い。
30分したら追い始めると言っていたから、それまではどこかへ身を隠せばいい。

少し時間も経って、少しずつ寝静まり始め、電灯の明かりだけが道を照らし始める。
夜の冷たい空気が、感覚を研ぎ澄ませ、テレビの音も笑い声も、人の生活音が消えたのがわかった。
まるで私1人だけが取り残されてしまったような寂しささえ感じる。自分の呼吸音だけが聞こえていた私の耳に、突然、こつんと小さな足音が届いた。誰か、まではわからない、だって覗きに行けば見つかってしまうかもしれないし、他人ならいいけど、もしも、もしも。
そう考えている間にも、こつん、こつんと音は近づいて、そして、止まる。


「……んー」
「!」
「さすがに、もうここら辺にはいないよなぁ…。姉ちゃん、さっさとオレに捕まってくれりゃいいのに」


漏れそうになる声を、手で抑えつけ必死に飲み込んだ。
この声は、間違いなく、弟のユーゴものだ。いつもよりもゆっくりとした歩調に、この辺りを探しているのだということがわかる。
すると、また遠くから、こちらへと走ってくる足音が聞こえた。


「ユーゴ」
「あ?なんだ、ユートか。遊矢とユーリは?」
「反対側に行った。……ユーゴ、わかっているとは思うが」
「ああ、わかってるぜ。今は二手に分かれて、姉ちゃんを見つけ出すのが先だろ」
「ん」


こつん、こつん…こつん…こつ………。
二人分の足音が遠ざかるのを聞きながら、私はホッと胸をなでおろした。どうやら、私には気づかなかったみたいだ。
完全に人の気配がなくなって、先程の彼らの言葉を思い出してみる。
遊矢とユーリ、ユーゴとユートで二手に分かれて私を探していると言っていた。遊矢とユーリは反対側に行ったみたいだし、遭遇する確率は、低い…とも言えないが減っただろう。
けれど、油断は当然できない。弟達に捕まるわけにはいかない、私のためにも、彼らのためにも。

それから数十分たった。
いつもならうとうとと机に向かって課題に取り組んでいる夜10時すぎ、睡魔なんてやってくるわけがなくて、静かな時間だけ過ぎていく。
あれから数人がここを通り過ぎて行くが、その中に弟の姿はなかった。そろそろ、家に戻ってみよう。
まずは家の近く、そして家の中に誰もいないことを確認して、部屋に戻ったら窓も扉も全部鍵を閉めてしまおう。
残り時間は30分を切っているんだから、例え家にいるのがバレても捕まらなければ、きっと。

できるだけ足音を立てないようにゆっくりと歩く。
足音をたてないで歩くことなんてやらないから、走ったら音は辺りに響いてしまうだろう。それだけは避けたい、気づかれないためにも。
少し家の周りを歩くが、人の気配はない。玄関の扉はきちんと鍵をかけてきたようだ。鍵を差し込んで、かちゃり、扉を開く。
できるだけ音をたてないよう、扉を閉めて廊下を歩き、自室の前までやってきた。電気はつけると気づかれてしまうからつけない。
予想通り、家の中には誰も居ないみたいだ。皆、外で私を探しまわってくれているようで、良かった。

自室への扉を開けて、すぐに鍵を閉める。窓の鍵も閉めて、カーテンも閉めきった。
月の明かりすらまともに入ってこないから、少し動きづらいけど仕方ない。
壁を背もたれにして、ベッドに膝を抱えて座り込んだ。


「……くっ…ふぇ…」


自分の部屋に戻ってきたからだろうか、張り詰めていた緊張が少し解けて、ぼろぼろと涙が溢れ出てくる。いけない、声なんか出したら、ダメなのに。悲しくて、辛くて、怖かった。
どうしてこうなってしまったんだろう、私はただ弟達に家族として愛を与えていたはずのに。心の支えになっていたはずの弟にどうして、恐怖を感じなければならないのか。

かたん。

小さな物音が私の耳に届いた。
小さくて、それも一瞬で、近くから聞こえたのか遠くから聞こえたのかもわからない。耳を澄ませても、何も聞こえない。
気のせい、なんて希望は今の私には浮かばなかった。
一体どこから聞こえてきた音なのか、不安になって、私は部屋の扉へと近づいていった。






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