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小さな手が、私の髪を優しく撫ぜている。温かいとは言えない体温だけど、でも、とても…暖かい。なんだか、ふわふわとして気持ち良くて……このまま眠ってしまいたい、な………


「おやすみ、僕の…」






髪の毛に指を通せば、抗うことを知らないように絡まることもなく梳き終える。固く閉じられた目蓋は、もう二度と開かないかのような印象を受けた。与えられた部屋から出ることを禁じられた少女の身体は、白に白を塗り重ねたような真白の肌でまるで生気を感じられない。だだっ広い部屋にぽつんとおかれた寝台に寝かされ、されるがままの少女はまるで等身大のお人形のようだった。


「ふふ……」


寝台の傍に座り込んでいる少年は何度も何度も、髪を撫ぜては梳き、撫ぜては梳く。飽きもせず繰り返される行為は、愛玩人形を愛でるそれに似ている。傍から見れば、そう見えるのだろう。けれど、少年にとっては違う。絶やされることのない不気味な笑みは、彼を現世から引き離していた。


「そっか、そっかぁ。なまえ、君は本当によくできた子だねぇ」


誰と会話しているわけでもないのに、少年はうんうんと頷きながら未だ撫ぜ続ける。恐らく少年が話しかけているはずの彼女も、眠ったまま何の反応も示さない。しかし、彼は続ける。


「凌牙と仲良くなったんだね、いいことだよ。その方が都合がいい。にしても、君も酷い子になったね。ずっと大切に大切にしてくれていたカイトよりも、つい最近出会ったはずの凌牙を選ぶなんて。まあ確かに、宝物を宝箱に閉じ込めておくのはあたりまえだけど、君は人間だもんね。そりゃあ不満も溜まるよ。今頃カイトは必死に君を探してるんじゃないかな、見つかりっこないけどね!ハハハハ、アハハハハ」


さも愉快だと、彼は高らかに笑う。無邪気な笑い声は狂気に満ち、少年の禍々しい瞳が眠ったままの少女を貫いた。ギラギラと瞳に燃え盛っているのは復讐の炎、三日月に描いた口元は、到底歳相応の少年のものではなかった。






「トロン」
「ああ…Wか。ご苦労だったね、これでなまえは僕たちのものだよ」
「……」


なまえの眠る部屋へと訪れたWは、思わず顔を歪めた。なまえを撫ぜるトロン。違う、そこはオレの場所だ。そいつを愛玩するのはオレだけでいい。トロンでもカイトでも誰でもなく、このオレだ。
その心情はトロンには筒抜けらしい。クスクスと可愛らしく笑うが、Wには嘲り笑っているようにしか見えなかった。


「そういえば……どうやらなまえは、神代凌牙と仲が良いみたいだね?」
「何…?」
「なまえの記憶を見たんだよ。なまえがカイトに会いたくないと考えたのも、凌牙を傷つけたから…。W、君が彼らの間に入り込める隙間なんてあるのかな?」
「…!!くっ……」


苛立たしげに唇を噛みながら、なまえを見つめた。自分の想いも、彼女を取り巻く環境も、何も知らずに眠る少女。苛立たしい、なまえも、トロンも、カイトも凌牙も……自分すら。
彼女が凌牙を選んだ、だって?会って間もない凌牙に負けたのか?幼少より彼女を知っている自分が。否、そんなはずない。そんな、はずが…


「だからさ、W。凌牙を倒しちゃいなよ、じゃなきゃ、君の勝ち目なんてないんだよ」
「ぐ、トロン…!」
「ホントのことだよ。…ねぇ?」


消しちゃいなよ。
ニタリ、ニタリと笑う少年は誰の目から見ても悪魔だった。










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