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「よぉ…久しぶりだな?」


その青年はニタニタとなまえを見下すように笑っていた。部屋に突如現れた空間の歪み、そこから現れた貴族のような服を纏う青年。突然の侵入者に驚き、普通なら誰かを呼ぶことを考えるが、この部屋の近くに誰かいるとは考えられないしモニターに映ることはしてはいけないと言われている。青年から逃げきれるとも限らないし、それに……今は誰にも会いたくない。

青年の顔をジッとよく見つめると、ふとあることに気づく。何処か見覚えのあるような顔をしているのだ。記憶の片隅、必死に掘り起こしていくと、一人の少年の姿が脳裏を掠った。


「…もしか、して」
「おお?覚えてるんだな、こんな狭いとこに引きこもってた割りには…いや、違うか。閉じ込められてるんだったな、カイトに。可哀想にな?ただちょっと身体が弱くなっただけで部屋の外にすらまともに出してもらえない。おかしいと思わないか?」
「何の話…?」
「お前がなんで閉じ込められてるかって話だよ!」


バカにしたような笑いを浮かべたと思えば、何かに苛ついたように突然声を荒げ顔を歪める青年。髪を乱暴にかいてなまえを睨みつけ、足早に近寄ってくる。只ならぬ雰囲気の青年に思わず一歩後ずさったが、すぐにベッドにぶつかりその反動で背中からベッドに倒れ込んだ。


「あっ」
「相変わらずおっちょこちょいだな。ま、んなことは今はどうでもいい」


青年は倒れこんだなまえの手をぐいっと引いて、立ち上がらせる。その手は、絶対に離してやるものかと言いたげに強く力が込められていた。ヒッと小さく怯えた声を出すも青年はそんなこと意にも介さずに続ける。なまえがどう思っていようと、お構いなしのようだった。ギラギラとした青年の瞳がなまえの瞳を貫く。記憶の隅にある彼の面影が、少し消えた気がした。


「ここから出たくないか」
「え…」
「出たいだろう、ここから。俺が出してやるよ、なあ?」


ついてくるだろう?と、疑問符こそ付いているが嫌と言ったところで青年はこの手を離さずに無理矢理にでも連れて行くのだろう。それを察したなまえは、戸惑いながらも頷く。外に出たいのは確かだし、むしろちょうど良かったのかもしれないとさえ思った。ここにいればいずれドロワやゴーシュに…カイトに必ず会わなければならない。今は会いたくない……特に、カイトに至っては顔も見たくなかった。


「よぉし、いい子だなァなまえは」
「……!」


青年は掴んでいない自由な方の手で身長差のあるなまえの頭を少し乱暴に撫でた。温かい手の感触。なぜだろうか、この行為にとても覚えがある。何かできた度に、いい子だと決して優しいとは言えない声で笑い、頭を乱暴に撫でられた。誰が相手だったかも思い出せないが、その手はとても冷たかったような……


「……おい、大丈夫か」
「あ……」


少し、青年の掴む力が弱まった。眉が顰められ、恐らくだがなまえを心配してくれているのだろう。…違う、カレはそんな顔しなかった。


「……」
「おい?……おいっ!」






「全く、どうしろってんだよ…」


青年、Wは突然意識を失った少女なまえを咄嗟に支え、溜息をついた。トロンに彼女を連れてくるようにと命令を受け、どうか抵抗はしないようにと思っていたが…まさか、トロンの言う通り大人しくついてくるとは思っていなかった。渋々というよりは、まるで好都合だとでも言うような表情をしていたと思い返す。もちろん、Wとしてもそのほうが好都合なのだが、どうも腑に落ちない。

きっと、カイトに会いたくないだとか、そう…カイトに関連した理由なのだ。そこにWは関与していない。それが気に食わない。結局少女を動かすのは……、否、今はそんなことはどうでもいい。


「……なまえ」


長年焦がれ続けた少女が、今この手の中にいる。理由がなんであれ、憎きDr.フェイカーの息子カイトを拒んでこの手を取ってくれた。嬉しい、嬉しい、好きだ、好き、愛している。今まで押し殺してきた感情がぶわりと溢れ出してきて、支えていたなまえの身体を強く抱きしめる。けれど、けど、


「お前は、何も知らないんだよなァ」


父と、家族と無理矢理引き離された悲しみを。復讐に燃える怒りを。そして、この数年間ずっと想い続けてきたこの愛を。何も知らず、生きてきたんだろう。それが嬉しくて、とても憎らしい。


「外に連れ出してやるよ。カイトでも、誰でもなくこの俺が」


今度は、俺とずっと一緒にいてくれるんだろう?

なまえの首筋を指先でスーっと撫でてやる。ピクリとも動かず、小さく呼吸を繰り返すだけだった。ずっと囚われていた鳥籠の鳥。籠から逃げられたとでも思うんだろうか。また新しい鳥籠に入るだけだろうお前は。俺という鳥籠は、決してお前を逃がさない。…いや、本当にお前の鳥籠になるのは…俺なんかじゃなくて。


「…、さぁて…帰るか」


なまえ、次に目が覚める時、お前の記憶から俺以外が消えてしまえばいいのに。なんて。








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