7


先日の凌牙との逢瀬はカイトにもMr.ハートランドにもバレることがなく、平穏な時を過ごしていた。ドロワには二人きりの時にどうだった、少しは進んだのかと何度か聞かれたが凌牙とはそういう意味で一緒にいるわけではない。

ただ思い出すのだ、凌牙といると。ぶっきらぼうで、素直じゃなくって、でも優しくて。とっても似ている。昔よく遊んでいた男の子に。友達なのだ、その男の子も、凌牙も…。ただ、カイトは…友達と言うよりはお兄ちゃんだろうか、血の繋がりはないが一緒に育ってきた。


「んん……暇だなぁ」


ベッドに腰掛けながら足をばたつかせる。今は部屋に誰もおらず、相手にしてくれる人はいない。平日だからきっと凌牙も学校だろう。(この間の件で日中は無闇に連絡しないようにしている)何時が休み時間というものなのかもわからないから、軽はずみに連絡はできない。授業中だったら迷惑だ。


「はぁ…カイトも忙しそうだし…」


見る度にやつれているカイトに、これ以上甘えて迷惑をかけるわけにはいかない。ただでさえ彼にはハルトのこともあるのだから。ばたつかせていた足を静かにさせ、ベッドに沈むように後ろへと倒れこんだ。なまえの顔には不満がありありと示されている。むぅ、と口を尖らせた、その時だ。


「………!」


頭を貫かれるような感覚、咄嗟にシーツをぎゅっと握り締める。その感覚は一瞬で、言わば嫌な予感とでも言うのだろうか。否、予感ではなく既に起きたことなのかもしれない。額に手を当てる、既に普段と変わらない。頭にはてなを浮かべながら身体を寝そべらせながら枕元にあるDゲイザーを手に取る。当然の如く着信はない。ふと心に不安が過ぎる、脳裏に浮かぶのは一人の少年だ。なまえの不安を表現するかのように今日の雲行きは怪しい。


「…凌牙、くん」


ぎゅっとDゲイザーを握りしめる。何もありませんにようにと祈りながら。




それから時は既に夕刻を過ぎ、夜。なまえは相も変わらずDゲイザーと睨めっこをしていた。もう家にはいるはずだろうし、連絡してもいいだろうか。何もあるはずがない、彼はきっとすぐに応えてくれる。


「凌牙、くん…」


ボタンを押す指が止まる、このボタン一つ押せば彼に繋がる、きっと出てくれる。いつもしている行為なのに、今は何故だか戸惑われた。けれど、いつまでもこうしていても仕方がないと思い切ってボタンを押した。


「…っ」


コール音が鳴り響き、たった数秒がやけに長く感じられる。早く、早く出て…!ぎゅっと目を閉じて俯きながら祈る。

数回目のコール音が途切れ、ハッと顔をあげベッドから降りるとそこには見知らぬ男性が映っていた。メガネをかけた優しそうな男性だ。てっきり凌牙だと思っていたなまえは頭を混乱させる。


「え、あの」
《君は…?》
「わ、私……凌牙くんの……友達…です…?」


男性は、なんで疑問形なんだいと苦笑いしてすぐに真剣な顔つきに変わる。昼間に感じた嫌な予感が蘇る。Dゲイザーを握る手の力が強まった。


《僕は北野右京、彼の学校で教師をしているんだ。それで》


彼曰く、凌牙は魂を抜かれてしまって意識のない状態らしく、付き添いのために病室にいたところなまえから連絡が来たようだ。そして魂を取り戻すために、九十九遊馬という少年とその友人たちが奮闘しているんだとか。

九十九遊馬、と頭の中で反復させる。確か、学校を案内してもらう途中で見かけたあの少年の名前がそうだったはず。凌牙の穏やかな表情が脳裏にこびり付いている。


「どうして…凌牙くんが…」
《詳しくは知らないんだけど…確か、ナンバーズハンターだとか、デュエルに負けると魂を抜かれるとか…彼らが話していたのは聞こえたよ》


何がどうなっているんだか、と彼も頭を悩ませているらしい。身体には異常はなく命に別状もないようだが、このままでは…。

しかし、なまえにはどうすることもできない。この部屋から抜けだして凌牙の元へ行くことすらできないのだ。ようやくできた友だちのために、彼女は何もできない。


《アストラルという子が皇の鍵にいて、その皇の鍵と彼の魂をカイトという人物に取られて…ということらしいんだが》
「カイト…!?」
《ああ。…知っているのかい?》
「…あ、いえ…。ありがとうございます、凌牙くんが無事起きたら連絡くださいと伝えてください」


わかった、と返事を聞いてから切ると、なまえはDゲイザーをベッドに投げつける。ボスン、と叩きつけられたDゲイザーはベッドのシーツが柔らかいために壊れることはなかった。


「…カイト…?」


震えた声で幼友達の名を呼ぶ。まさか、カイトなんて名前は珍しい訳でもないんだから。きっと、同名の別人だ。しかし、思い出す。ナンバーズハンター……ナンバーズ…そして、アストラル…。どこかで聞いたような…


『なまえ、カイトもナンバーズハントで疲れている。あまり困らせるようなこと…』

「そうだ、ドロワさん!確か、ドロワさんがナンバーズハントがどうのって」


ということは、本当に……凌牙の魂はカイトが?ただのカイトならともかく、ナンバーズハントとやらをするカイトなんて限られているはず。

カイト…最近めっきり笑わなくなって、何をしているのかもわからなかった。聞いても教えてはくれなかった…まさか、人の魂を奪っていただなんて。カイトが集めているナンバーズが何かはわからない、けど…そのために…凌牙くんを…!


なまえは困惑していた。彼女にできた久しぶりの外の友達は、大切な兄代わりに魂を奪われてしまったらしい。まさか、彼が人間の魂を狩っていただなんて知らなかった。まさか、いつかのあの日、彼の様子がおかしかったはこのためだろうか。思えばあの日からだ、彼が次第に疲れた表情をしてきたのは…。

やはりこれもハルトのため、なんだろうか。彼はハルトの病気を治すためならなんだってする、と言っていたことを思い出す。でも、こんな非人道的なこと許されるはずがない。許してはいけない。でも、何も知らされなかった私が今彼に何を言えるというのだろう。ドロワさんやゴーシュだって、きっと知っていたのに。


「……あ…れ」


ということは、彼らもこのことを承認していたの?ナンバーズというものを集めるために、ハルトの病気を治すために……他人を犠牲にしていくことを。凌牙くんを犠牲にすることを………………許せない。許さない。私の友達を、彼を

少女の瞳に、紅い炎が揺らぐ。それに呼応するように、部屋に一つの歪みができ始めていた。








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