『あぁ、トシ。丁度良かった!紹介しよう。本日付けで試衛館に内弟子として住むことになった子だ!仲良くしてやってくれ!』
『内弟子…、か。俺は土方だ。土方歳三。お前、名前は?』
『…沖田総司』
これが僕とあの人の始まりだった。
《君の熱が僕の全てであるように》
あの日以来、僕はこの人が嫌いで仕方なかった。
薬売りのくせに強くて、僕の大好きな近藤さんとは仲が良い…
近藤さんの信頼を一心に受けるこの人が憎くて堪らなかった。
……それなのに、何故?
「待ちやがれ!!総司!!!!」
「あはは!そう言われて、好き好んで待つ人が何処にいるんです?相変わらず鬼の副長の考えてることは理解出来ませんねっ」
「ッ!!総司ぃぃい!!!!」
どうしてこうなったんだろう?
─────……
────……
先程より三割増しなぐらい眉間に皺を寄せた土方さんが僕を追い掛けてくる。
僕が土方さんに悪戯をして、鬼ごっこのように屯所を走り回るのは、もはや日常茶飯事。だから誰も気に留めないし、“あぁ、またか”で終わってしまう。
その為、皆気付かない。
……僕のこの行動の本当の意味に。
───……
────……
「──…撒いたかな?」
後ろから聞こえる足音と追い掛けてくる人の気配が無くなったのを確認すると、僕は縁側に腰掛けた。
「…あ、また増えてる」
獲得した戦利品である豊玉発句集を開き、書いてある詠に目を通す。
「梅の花、一輪咲いても梅は梅…ははっ、相変わらず下手な句だなぁ…」
実際、お世辞にも上手いとは言えない句ばかり。
でも、僕は素朴で下手なこの句集が好きだった。
何故なら…
「…本当、あの人らしいよね」
この句集には、あの人に似てるから。
いつからだろう?
こんなことを思い始めたのは。
憎くて憎くて堪らなかったあの人が…
大嫌いだったあの人のことが、
……好きになったのは。
「…変なの」
近藤さんのことが好きだから、いつも隣にいるあの人が嫌いなんだとばかり思ってた。
あの人が嫌いだから悪戯したり、わざと困らせていたのだと思っていた。
………なのに。
成長するにつれて、本当は違うことに気が付いてしまった。
近藤さんの隣にいるのが嫌だったのは、近藤さんが好きだから取り返したいのではなく、近藤さんばかりを見ているあの人が嫌だったから。
たくさん悪戯して困らせたのは、近藤さんばかり映すあの人の瞳に少しでも僕を映して欲しかったから。
自分でも気付いていなかったその真意に気が付いたのはいつだろう?
よくわからないけど、もうずっと前だった気がする。
自覚してからは、更に悪戯をするようになった。
働き詰めで休まないあの人に、少しでも息抜きして欲しかったから。
なんて、
「…きっと、一生伝わらないだろうけど」
自嘲気味に笑い、ぱたり、と句集を閉じる。
「…重症かもね」
そばに居ない時でさえ、あの人のことを考えてしまう。
風になびく、さらさらの美しい黒髪に触れてみたい。
切れ長の紫水晶のような瞳に僕だけを映して欲しい。
女も男をも魅了する貴方を僕だけのものにしたい。
「歪んでるなぁ…僕って」
そう、小さく呟いたその時、あの人の声がした。
「確かに。お前は歪んでるな。主に性格が」
「!?土、方さん…!?」
余程考え込んでいたのだろうか。
気配に敏感なはずなのに、土方さんが後ろにいたことに気が付かなかった。
「いい加減、返してもらうからな!」
「あ…」
ひょいっと句集を取り上げた土方さんは、懐に句集をしまうと僕の隣に腰掛けた。
「…何してるんですか?」
「見てわかんねぇのか?座ってんだよ」
「それくらい分かります!僕が言ってるのは、そうじゃなくて…!!」
「…なんで隣に座ったか、だろ?」
「!」
僕が言いたかったことを言い当てた土方さんは、そっと地面に視線を落とした。
「…最近、よく一人で考え込んでるみてぇだが…何かあったのか?」
「え…?」
ばつが悪そうに目を反らす土方さんを見て、僕は目をぱちくりさせた。
(僕が考え込んで…?)
そんなの一つしかない。
(僕が悩んでることなんて、あの事しかないじゃないか…!)
“土方さんが好き”
最近ずっと考えていたのは、このことだけ。
でも、そんなの…
(本人に言えるわけないじゃないか!)
慌てる心情を悟られないように、静かに息を整えると顔に無理矢理笑顔を貼りつけた。
「どうしたんです?土方さんが僕のことを気にするなんて…明日は雨かな?」
「んな…!てめぇ…!!」
いつも通り。
形の良い眉に皺を寄せて僕を睨む土方さんに、にやりと笑う。
「たとえ、もし僕が悩んでたとしても…絶対土方さんには言いませんよ?むしろ近藤さんに言いますから」
「お前なぁ…」
怒りに震え始めた土方さんに小さく笑い、僕は立ち上がった。
「もう用がないなら部屋に戻っていいですか?今日はたくさん走ったから疲れちゃって」
「…もとを辿ればお前のせいじゃねぇか!」
「あはは!嫌だなぁ土方さん。追い掛けてきたのは土方さんじゃないですか」
いまにも飛び掛かってきそうな勢いの土方さんから数歩離れたところで、ふいに立ち止まると、後ろから戸惑いがちに声をかけられた。
「総司?どうした…?」
「…もし僕の悩みが知りたいのなら、当ててみて下さいよ。そしたら、教えてあげます」
「なんだそりゃ!ますます気になるじゃねぇか!…って、うおっ!?」
「!土方さん…!!」
イライラしながら僕に近づいてきた土方さんが袴の裾を踏み、転けそうになるのを咄嗟に支えた。
ふわり。
土方さんを支えた瞬間。
彼の独特な甘い香りがした。
(やば…っ)
いくら反射的とはいえ、想い人と近距離で接するのはいろいろきつい。
支えた腕から、彼の体温がじわりと伝わる。
心地のよい体温に、何もかも投げ捨てたくなってしまう。
(もういっそのこと、このまま溶けちゃえばいいのに)
彼の体温を腕に感じながらも、このままの体勢でいると何かが崩れてしまいそうな気がして彼を離そうとした。
……が、
「…何のつもりですか?」
引き剥がそうとした瞬間に、がしっと抱きつかれてしまい体が固まる。
体全体に感じる彼の体温に鼓動が波打つ。
「…総司」
「なん、ですか…?」
震えそうになる声をなんとか振り絞ると、彼は更に僕に抱きつく力を強めた。
「俺じゃ…役不足か?」
「は?」
「確かに俺は近藤さんみてぇに頼りにはならねぇかもしれねぇ…でも、俺は…」
彼の声がだんだん弱くなっていくのを不思議に思い、なるべく優しく声をかける。
「土方さん…?」
「…俺だって、お前に頼って欲しい…のに」
「っ、」
ぼそぼそと言われた言葉に驚き、彼を見ると、俯いて耳まで真っ赤にしている彼がいた。
(あぁ!もうっ!!)
「どれだけ僕を振り回す気ですか…!!」
「え?……わっ!?」
流石に限界が来た僕は、ぎゅうっと彼を抱き返していた。
「そ、総司…!?」
「もう、本当に馬鹿な人ですよ…!!我慢しようって思ってたのに…っ」
「なっ、え…?」
「僕が悩んでたのは貴方が原因なんですから…っ!」
「俺、が?俺…何かしたか?」
きょとんとした顔で僕を見上げる彼の額にそっと口付けた。
「貴方が好きなんですよ…土方さん。好き過ぎてどうにかなっちゃいそうなくらい…」
「な…!そ、総司!?」
一瞬にして顔を真っ赤にする土方さんを見て微笑むと、抱き締めていた腕を離した。
「本当は隠し通すつもりだったし、伝える気はなかったんですけど…こうなったからには責任、とってくださいね?土方さん」
「せ、責任!?」
「…僕を本気にさせたんです。絶対に貴方をおとしてみせますから」
「本気、か…?」
おずおずと聞いてくる不安気な土方さんに、僕はにっこりと笑った。
「はい。勿論、本気です。…覚悟して下さいね?土方さん」
「…っ、」
最後だけ耳元で甘く囁くと、土方さんは慌てて後退った。
真っ赤な顔で口をぱくぱくさせている土方さんをみて金魚みたいだとか思いながら、僕は部屋にかえった。
伝えようとは思ってなかった。
でもこうなったからには容赦しない。
美しい黒髪も、
紫水晶のような瞳も、
透き通るほどの白い肌も、ころころ変わる表情も、
心地のよい声も、
全部、全部僕のものにしたい。
(…貴方の体温でさえ欲しいくらいに…貴方に溺れてるんです)
「貴方自身が僕の生きる全てなんですよ…土方さん」
先程、体中で感じた土方さんの熱がまだ残っている気がした。
(僕の全てが土方さんであるように、土方さんの全ても僕に染まればいいのに)
これから始まるであろう日々に期待をよせながら、僕は午後の巡察の準備に取り掛かった。
──…僕と土方さんが恋仲になるまで、あと少し…。
END
おまけ
↓
「あの馬鹿…!言いたいだけ言って逃げやがって!!」
廊下に一人残された土方はため息をついた。
「…まさか総司が俺のことを好いてるなんてな。てっきり嫌われてんだと思ってたんだが…」
先程、総司に口付けられた額を押さえ、ぽつりと呟いた。
「…どうすりゃいんだよ。俺だって昔から総司のこと…す、好き…だったのに」
自分で言って恥ずかしがりながらそういう土方がいたなんて…
沖田は知らないだろう。
*うわぁぁあ!!
小説を書いたの初めてなんで、ドキドキですっ!!
お題に沿って書けてるんでしょうか…
皆様のように素敵な文は書けませんが、土方さん好き過ぎて参加してしまいました!
目が腐ったらすみません←ありがとうございました!!
東雲*゚