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今日は吉影さんの誕生日。
私、名前は、今日の為に美味しい料理と素敵なプレゼントを用意して、吉影さんの帰りを待っていたところなんですが...。

「ど、どうしよう...」

ちょっと目を離した隙に、猫草にちょっかいを出されてビリビリになってしまったプレゼント。それにかまけていたら、キッチンから焦げた匂い。オーブンで焼いていたアップルパイは見るも無残な姿に...。

「どこで計画が狂ったのォ?!」

今日の誕生日サプライズは完璧なはずだった。だって今の今まで完璧だったんだもの。
帰ってきた吉影さんを笑顔で迎えて、ダイニングテーブルには吉影さんの好きな鱈と白菜のホワイトシチューにバゲットとサラダ。スパークリングワインだって冷蔵庫で冷えていて、その為に足の華奢なシャンパングラスを最近出来たおしゃれな雑貨屋さんで買った。
あとは、これも吉影さんの大好物、焼きたてのアップルパイに、極めつけはこのプレゼント。吉影さんは、『ありがとう、愛してるよ』と言って、今日のためにぷるぷるに調えた私の唇にキス...。
っていう展開だったはずなのに!

「このにゃんこめェー!!」
「ウニャン?」

当の憎き猫草は、ハンティングしたラッピングのパーツで勝手にじゃれている。
あぁ...、それは雑貨屋さんの店員さんが一生懸命ラッピングしてくれた綺麗なラメゴールドのリボンなのに...。

「でも、本当にどうしよう...。吉影さんが帰ってくるまで30分も無いよ...」

もう狼狽えている時間はない。猫草は明日のおやつを抜きにすることにして、散らばった包装紙を集め、部屋を掃除し直す。
彼は、いつも決まった時間に帰ってくる。決まった時間に仕事に行き、決まった時間に休憩をし、決まった時間に仕事を終えるから。誕生日だからと言って、ほかの同僚達と話し込むこともなければ、寄り道もしない。
あぁ、こんなときばかり、どこか寄り道してくれないかな...。

「あっ、プレゼントの中身は無事だ!不幸中の幸いってこういう事なのね...」

プレゼントに用意したのはネクタイとネクタイピン。猫草の爪は引っかかっていないようで、とにかく無傷の様だ...。

「ケーキは作り直す材料も時間もないし...。あ、でもここの部分はギリギリセーフ?かな」

アップルパイには、2ピース分くらいなら吉影さんに出せる程の焼き目がついている。その他はまるでまっ黒焦げだが。

「...よしよし、落ち着くのよ、名前。吉影さんは強運に守られているから、彼女である私も御加護を受けてるはず!」

アップルパイが全滅にならなかった事で、起死回生のチャンスが到来した(気がする)。ここが女の度胸の見せ所よ!

「見てなさいよ猫草!アンタがめちゃくちゃにしたって、私は全然動じないんだから!」
「ウニャァオン」

猫草は相変わらずリボンで遊んでいる。明後日もおやつ抜いてやるんだから!

「そうと決まったら、早く準備しなきゃ!」

テーブルクロスの上にお皿やカトラリー、コースターを並べる。
食事は直前に盛るとして...、

「ええっと...、リボンが確かこの変に...。

これだ!」



ピンポーン...



 ̄ ̄ ̄ ̄



「ご馳走様。相変わらず美味しかったよ」
「本当?」
「あぁ。このスパークリングも、白身魚に良く合っていたしな。もう一杯貰えるかい?」
「えぇ、もちろん」

あの後なんとか準備は終わり、予定の時間ピッタリに吉影さんは帰ってきた。少し息切れしてしまったが、平静を保って笑顔で迎え、無事に食事を始められた。吉影さんは用意したシチューやワインに舌鼓を打ってくれて、お酒も入ってか、いつもより口数が多くなっている。

ワインクーラーから取り出したボトルの中身を、吉影さんのグラスに全てあける。
「おや、もう飲んでしまったのか。食事が美味いと酒の進みも早いな」
「ふふ、ありがとう」

さて、温めておいたアップルパイとプレゼントを用意しよう。
プレゼントは食事が終わって落ち着いてから渡すつもりだったが、アップルパイがホールサイズじゃないことに、もしかしたらツッコまれるかもしれないから、プレゼントと一緒に出して紛らわす作戦に変更したのだ。

今、吉影さんは空になったワインボトルをマジマジと見つめている。チャンス!


「おや?」
「吉影さん、お誕生日おめでとうございます!」
「これは、僕の好きなアップルパイじゃないか。作ってくれたのかい?」
「いつも美味しいって言ってくれるから...本当はショートケーキにしようと思ってたんだけど、」
「いや、君の作るアップルパイの方が断然良い。食べてもいいかい?」

召し上がれ、と言うと、吉影さんはもぐもぐとパイを咀嚼する。
口の端にパイ生地が付いてる...まったくおちゃめなんだから!
よし。リボンを結び直し、ここでプレゼントを...。

「吉影さん、はい。お誕生日プレゼントです」
「...なっ、えっ...こっ、これは...」

吉影さんの右手からフォークが落ちたので、あっと下を見ると、吉影さんに差し出しているリボンのついた私の手が暖かい感触に包まれた。

「名前、君って子は...。あぁ、なんて最高なプレゼントなんだ...」
「ふふふっ。まだ中身を見ていないじゃない。ほら、開けてみて?」

吉影さんは、私の手を名残惜しそうにさすると、両手で閉じられた膨らみを開く。

「おや、ネクタイにピンかい」
「似合うと思って...。使ってくれたら嬉しいなぁ」
「勿論だよ。ふむ、この色は手持ちのスーツに何でも合う色だね。ありがとう、大事にするよ」
「喜んでもらえて良かったです」
「なあ、もう一度、手を閉じてくれないかい?」
「え?」

吉影さん、手で作ったプレゼントボックスにすっかりハマってしまったみたい。指を焦らすように1本ずつ開いてみたり、手首に巻いたリボンを吉影さんの指に絡ませたりしている。
我ながら良い案だと思ったけど、こんなに喜んでもらえるとは...。

「よっ、吉影さん、あ、あの...」
「フゥー...。こんな大胆なラッピングは初めてだ。君は本当に油断できない子だね。あぁ、この真っ赤なリボンと白い手首のコントラストも素晴らしい。今すぐ解いてしまいたいが...。楽しみは後に取っておこう」

私の手は包まれたまま、吉影さんに流されるようにベッドルームへ向かっている。
待って、吉影さん、大分酔ってる?!

「吉影さん、まっ、待って...」
「いいや、限界だ」



デザートはプレゼントと共に


「猫草。昨日は...、ありがとう。はい、おやつよ」
「ウニャア〜」