某日某時、都内の雑居ビルの一角にて。

ほの暗いオフィスの中こうこうと光るPC画面を物凄い気迫で見つめ、人間技とは思えない手付きで大量の文章を打ち込んでゆく彼の名はディオ・ブランドー。

ディオは小説家である。今はまだ著名ではないが、繊細で美しい比喩表現とリアルな情景模写を得意とし、一部のコアなファンからは熱烈な支持を受けている。
連載も多数受け持っており、まさに期待の新人といったところだろうか。

そんな彼には重大な秘密があった。とてつもなく重大な、誰にも知られてはならない秘密が。

ディオは、腐っていた。

性根が腐りきっている、という意味ではない(あながち間違ってはいないが)。
彼は腐男子なのだ。
ボーイズラブ。男と男が互いを愛し合い、求め会う禁断の世界。彼はそんな薔薇色の妄想にすっかり漬け込んでしまっている。性行為のシーンを書くときには、いつも男側の表情模写やセリフの言い回しに力を入れてしまうなどと、そのBL愛は彼自信の書く小説にまで強く影響を及ぼしていた。

ディオのBL脳は妄想だけに留まらない。
彼は生粋の同性愛者だ。
彼はとてつもなく女にモテる。高校時代、3年間で貰ったラブレターの数は3桁を上回るほどであった。それほどにモテる彼なのだが、学生時代は大変不思議なことに女の子との浮いた噂はひとつもなかった。
誰に話を聞いてもみな口を揃えて「ディオは一度も女と付き合わなかった」と、こう言うのだ。


それは何故か、答えは単純明快。彼は男を愛していたからだ。学生時代のディオは大好きだった年上の彼氏にぞっこんで、女になど全く興味がなかった。勿論彼が同性愛者だということを知るものはその彼氏以外には誰一人として存在しなかったのだが。


そんな話は置いといて。
彼には今、愛してやまない漫画がある。
___ジョジョの奇怪な冒険。
あの誰もが知っているであろう大長編ファンタジー漫画。作者アラーキヒロヒコの産み出す複雑でありながらも見るものを引き込む様なストーリー、一度見たら忘れられない、「芸術作品」とも囁かれる新鮮な画風は今もなお、漫画界の新境地を開拓し続けている。
何を言おう彼も、そんなジョジョの世界観の虜になってしまった一人なのだ。
そして驚くことに、この漫画にはディオと同姓同名のキャラクターが出てくる。髪型や口調などもそっくりで、本当に驚くことに性格までもがディオと酷似していた。

初めてジョジョを読んだときはそりゃあディオも驚いた。そこにいる「DIO」というキャラクターは完全に自分自信だったのだから。
読めば読むほどディオは「DIO」に感情移入していき、気付けば彼ははこの作品が大好きになっていた。


ディオには、好きなキャラクターがいた。
好き、というよりも「愛している」もしくは「恋している」の方が正しいかもしれない。四六時中頭に浮かんで仕事の邪魔になってしまう程に彼はそのキャラクターが好きだった。

空条承太郎

ジョジョの奇怪な冒険第3部スターダストクルセイダースの主人公。日本在住の男子高校生であり、年は17歳とまだ若い。性別は勿論のこと男である。
ディオにとって、彼はとても魅力的な男だった。
端正な顔立ちに逞しい体つき。普段の言動はとても荒々しいが、根本に持ち続ける想いは誰よりも強く真っ直ぐで、気高く美しい。
恋に落ちるとしたらこんな男だろう。
漫画の中で生きる空条承太郎は、知らぬうちにディオを夢中にさせていた。

ジョジョのストーリーの中で、「DIO」と「承太郎」は宿敵同士という設定である。彼ら2人が相見えたのは最終決戦での命を懸けた戦いの時。「DIO」は「承太郎」の手によって殺される。
展開的に考えて、現実のディオが鼻息を荒くするような仲良しサービスシーンは皆無であり、最初から最後まで「DIO」と「承太郎」は互いを忌み合っていた。

ディオは考える。
「私はこんなに承太郎を愛しているのに、何故ゆえあいつは私に見向きもしないのだ」と。
自分のドッペルゲンガーのようなキャラクターがいれば嫌でも感情移入してしまうのは分からなくもないが、現実は厳しい。
「空条承太郎」は二次元の住人である。「DIO」も同じ。この物語はフィションだ。漫画の中の「DIO」と現実のディオは別人なのだ。ディオがどんなに承太郎を強く想っていたとしても、虚しいかな、その想いは承太郎には届かない。
分かってはいたけど好きにならずにはいられなかった。
承太郎のことを考えると心臓がバクバクと波打つ。承太郎と会うことは一生ままならないのだと思うと悲しみと苦しみと愛しさが胸の中でぐちゃぐちゃに絡まって心を締め付ける。

そう、この症状は恋だ。

ディオは数年前に愛してやまなかった年上の彼氏のことを思い出した。
あの頃の毎日は痛いほどに輝いていて、今もその記憶はディオの思い出達の大半を占めていた。

それがまた。あの時のときめきがもう一度訪れようとしている、はずなのに。

どうしてこんなにも苦しい。
どうしてこんなにも空しい。
恋、とはこんなにも、心臓が直接かきむしられて張り裂けそうになるほどに辛いものだっただろうか。

やめだ。
こんなに苦しいのは嫌だ。もうやめよう。承太郎のことなぞ忘れて早くこの激痛から解放されてやる。ディオはこう思った。

無理だ。無理だった。忘れることなどこれっぽちもできる気がしなかった。こんなに苦しい思いをしてまでもディオの心は承太郎を愛することを選んだのだ。


そうとわかってしまえば簡単だった。
ディオは非常に執念深い性格である。彼は以前よりも増して承太郎に夢中になった。夢中になれば夢中になる程ディオは承太郎に依存して行き、心の痛みなど全く感じなくなった。
最早今のディオには承太郎しか眼中にない。wik○padiaで「空条承太郎」を検索し、虱潰しに彼のことを調べた。
好きな映画、好きな色、好きなスポーツ選手。色んなことを知った。知らない方が良かったことまで知ってしまった。

好きな女の子のタイプは日本人的な女性。

知っていた。承太郎が同性愛者じゃないことくらいディオもわかっていた。
だけどやっぱり、wikip○diaという確実な情報源からこうもあっさりと断言されてしまうとディオとしてはとても辛かった。

しかしディオはこんなところで諦めるやわな男ではない。
ディオは燃えに燃えた。絶対に承太郎を振り向かせてやる、という執念はDIOの自宅の仕事机に徐々に増え始めていた承太郎グッズに如実に現れていた。

そして承太郎の宿敵であり、ディオの分身と言っても過言ではない彼についても色々と調べた。

「ディオ・ブランドー」

知れば知るほどいけ好かない奴だ。
___私だったらあんなハートマークだらけのセンスの欠片も見出だせない悪趣味なファッションをしないし、ねちっこくジョースター一行にスタンド使いを仕向けたりせずに、序盤の承太郎が牢屋でジャンプを読んでいた辺りでサクッと登場してとっとと婚約を交わすものを___

ディオは嫉妬していたのだった。
承太郎を目の前にしてもなお「邪魔な存在」などと勿体無い考えを抱く「DIO」が心底妬ましかった。
現実のディオは何度も何度も「DIO」と入れ替わってやりたいと願った。
叶わない夢だなんて絶対に認めない。
ディオは今この刻も承太郎を想い続ける。





***





もしも奴が今ここに実在する小説家ディオ・ブランドーとしてこの世に生を受けていたとしたら。
「人間をやめる」なんていう悲惨な結果には至らなかっただろうし、ジョースターの血筋に怯えて過ごすことには確実にならなかっただろう。

もしも私が二次元の生き物として吸血鬼「DIO」に生まれていたなら、承太郎たちと戦う理由も戦う気もない。海底から目覚めたら直ぐにホリィの呪縛を解いてやり、そして承太郎に会いに行くのだ勿論あんな目の痛くなるような黄色い服は捨てる。

この目で承太郎を拝み、一度出血多量で死にそうになってからどうにかして承太郎との距離を縮めてやる。「まずは友達から」と言う奴だ。そしてお近付きの印にLINEを交換するのだ。
奴が生きていた時代にこのようなハイテクな道具は無かっただろう。私はDIOが出来ないことをやってのけるのだ、む、待てよ、ジョジョの奇怪な冒険第3部の舞台は1987年の日本。1987年、1987年……。

古い。古すぎる。携帯電話とかLINEとかそういう次元じゃあない。確かあの頃使われていた電話機はなんというかこう、Nint○ndo Wiiを数倍いかつくしたような箱型をしていた気がする。最早「携帯」できるような代物ではないのだ。それに加えてショルダータイプときた。3kgという驚きのウェイトを持つ鈍器だぞ。何故ショルダーした。考えられん。
どこの家にも必ず一つは設置されているであろう、置き電話を想像してほしい。あれから伸びているぐるんぐるんの太いコードがあるだろう。子供が物珍しさから限界まで思いっきり伸ばしてしまいよく断線するアレだ。1980年代モノの電話にはアレが無造作にくっついているのだ。アレを肩にかけて電話をショルダーするのだ。考えられん。恐ろしい程にダサい。奴が着ていた緑色のハートモチーフだらけのチャック全開究極ファッションと良い勝負であろう。
あんなのをショルダーして街を歩くなどこの私のスタイリッシュなイメージからはあまりにも懸け離れている。
何かの手違いでアレを完全装備して承太郎の前に現れてみろ。「電話番号を交換しないか?」と言ってみろ。完全にアウトだろう、ただの不審者だと思われてジ・エンド、終わりだ。
だいぶ元のテーマから脱線してしまったが結論として承太郎とLINEを交換するなど不可能だった、ただこれが言いたかった。

もう止まらない。考えれば考えるほど妄想は膨らんで私の脳を犯して行く。小説家として想像力は人一倍長けていると自負しているつもりだ。
私は、更にこう考える。

まず断言しよう、ジョジョに出てくる「ディオ・ブランドー」と私は全く同じ人間である。
冗談なんかじゃあない。最早似ているとかそういった次元の問題ではないのだ。外見から中身からどこからどこまでもが全く同じだった。同一人物と言わざるをえないだろう。町に出るとたまに「ヤバい!めっちゃ似てるヤバい!」などといって私をチラチラと伺ってくる輩がいたが、あれはやはりそういうことだったのだろう。私がディオ・ブランドーというキャラクターに酷似していたが故にあのようなことを言われ続けていたのだ。

では何故?何故空条承太郎はどこにも居ないのか。
ディオブランドーは今ここに実在している。空条承太郎もこの世にいなくてはならない人物なのだ。おかしい。

…いや、違う。本当はもういるのだ、まだ私が出会っていないというだけであって絶対にこの国のどこかにいる。きっと交通網の発達していない過疎地域にひっそりと住んでいたりするのだろう高知とか高知とか茨城とかな。もしも承太郎が田舎生まれだったら喋り方まで変わっている筈だ。あの凛々しい顔をにやりと歪めて「やれやれだべ」とか言ったりするのだろうふふふ最高に可愛らしいじゃあないか、方言男子万歳である。いっそのこと公式設定を180度捏造して空条邸を栃木あたりに建ててやろうか、アメリカとのハーフの癖してどぎつい訛りのきいた方言を巧みに操る承太郎、正直たまらない。明日くらいに承太郎が照れながらも録音してくれた「大好きだべ」のボイスメッセージがアイポォンに届かないだろうか、一度出血多量で死に際をさ迷ってから「大好きだべ(承太郎ボイス)」をエンドレスリピートにして作業用BGMとして執筆作業に有効活用したいが最高に仕事がはかどらないだろうな、いやむしろ(承太郎を愛でる)作業用BGMとして最大限に活用していきたい承太郎…あいつは今どこでなにをしているのだろうか今すぐにでも北海道行きの飛行機を予約して日本列島縦断承太郎探索ツアーを主催者私参加者私のみで淑やかに執り行いた


2016.01.16
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