少女に写真を送りつけた人物は、それが意味のない行為だと知らなかったらしい。8万円をかけた浮気調査の結果は白い封筒の中で出番を待ち、小さく柔らかな手から大きく武骨な手に渡る。
 胡座を組んだ筋肉質な足の上に、慣れたように乗り上げてしなだれかかる小さな体。甘えた猫なで声で名前を呼ぶ盲目の少女は、父親に甘える娘のようでもありながら、ひどく媚態を含んでいた。

「見て、ここに名前載ってるでしょオ〜〜!筆跡で分かったの、だから開けずに持ってきたの」
「偉い偉い、しかし何だって大弥チャンのとこに届いたのかね」
「さあ?あたしと恋人なの、知ってるとか」
「ソレも怖ェよ」

 男が無遠慮に封を切り、中から出てきた写真にいかつい眉を潜める。二人の男女が仲睦まじく肩を寄せ、甘い言葉でも交わしていそうな光景。それも明らかに隠し撮りと分かる角度から。
 刺青の感触を指でなぞっている大弥は、無言になった彼に不思議そうに首を傾げた。幼さを残す顔が見上げてくるのを、男は髪から地肌に沿わせるように撫でた。機嫌よく左右に揺れる頭と、フワフワの服。

「お手紙ー?」
「俺と髪の長い女の子が写ってる写真」
「……なにそれ」

 一気に低くなった猫の声。彼はあまり気にしていない様子で封筒と写真をポイと捨てた。顔を歪ませて膝から降りた大弥は、それを拾い集めて封筒に仕舞う。ZIPライターの着火音がして、PALLMALLの煙が流れてきたら、暫くは膝に乗せてもらえないという合図だ。

「浮気、したの?」
「まさか」

 カリフォルニア・キング・ベッドは鳴き声をあげない。大弥は緊張させていた表情を緩め、また男の足に乗りたそうに頬を寄せる。手は再び柔らかな黒髪を撫でて、低い笑い声が心地よく膝を揺らした。


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 約束は「嘘をつかないこと」だった。

 すこし前に試して合わなかったノンシリコンのシャンプー、クロエのオードパルファム、PALLMALLの大好きな匂い。見えなくても分かる恋人の存在。その隣に自分の見知らぬ髪の長い女が密着していることも、高い嬌声で媚びていることも手に取るように。
 あいつは一緒にいた自分を本気で世界一愛しているし、その数時間後に違う女を愛している。嘘をついているわけではない、ただどこまでも不誠実なだけ。

「………また嘘つかせなきゃ」

 あたし以外愛さないように。

 二人の脇を抜けながら、少女は路地裏へと真っ直ぐ歩いて行く。鞄の中で握りつぶされた封筒だけが、果ての無い幼気な狂気を知っていた。

忘却こそ真の愛



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