「本当に、植物みたいになれたわね」

 白いカーテンから透けた柔らかな光を受けて、男の頬はますます白い。
 危篤を知ったのは偶然だった。数時間前、あろうことに人命を助けるはずの救急車が事故を起こし、その病院が頼った弁護団の中に私がいた。それだけのことだった。
 植物状態なのだという。天涯孤独で延命措置の決定権を持った者はいない。あと数時間で命が尽きる。
 吉良の身体はとても静かで、人間というのが普段どれほど音を発しているかがよく分かった。彼は今、外界の雑然とした臭いや醜悪な感情を全く寄せ付けない清らかさに満ちている。
 学級という小さな社会の中で対極の位置にいたのが吉良だった。私の目に彼が能力を腐らせている愚図の臆病者に見えていたように、彼には私が成績で他人を見下す目立ちたがりの馬鹿に見えていただろう。いつも私が一番、彼は二番。私は自分の下した子が悔しがる姿を見て自分の価値を確かめたかったのに、彼は一度もそんな様子を見せなかった。何もかも口だけで残念がる顔だって仮面でしかない。あんた本心じゃあそう思っていないくせに。詰め寄れば吉良は困ったように、内心ではうんざりしていたくせに、静かにこう返す。

―― 僕は植物のような心で、穏やかに生きていきたいんだ。

「ねえ、植物でいるのってどんな心地?」

 吉良の薄い瞼は包帯の下でしめやかに閉ざされたまま。彼がその目に私を映したことが一度でもあっただろうか。どれほど努力しても隠れ蓑にされるばかり。何度けしかけてみても済ました顔でいなしてみせる。
 今もまだ俗世で獣ぶる私を、強い風当たりや足元に絡む嫉妬の蔦にもがき苦しむ私を嘲笑っているのだろう。

―― 君の手はペンダコだらけだね。

 本当に、腹立たしい人。私の栄誉も勲章も、あなたには何の価値もない。今も一方的に話しかけられて鬱陶しいだろう。けれど吉良は何も言わない。踏み潰されてなお物言わぬ植物と同じく。
 本気のあなたを下して名実共に一番になりたかったのに、その時は永遠に失われようとしている。
 自分も獣のくせに、植物なんかになりたがって。獣は獣らしく生きていくしかないのだと、そう思うのは私が彼の気を引きたかったからだろうか。
 けれど今、例え今際にいようとも、あなたはまるで植物のよう。

「おめでとう、吉良」

 彼が起き上がり、嫌味にも程があると言って初めて私の前で顔を顰める。そんなことを夢想してみたけど、吉良が眠りから覚めることはなかった。



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