Jailbreak 「あンのドグサレ野郎ッ!」 ドス、と鈍い音がすると同時に物騒な言葉が女性客の口から飛び出し、名前は思わずバックミラーに目を遣った。 「ひとの男に手ェ出しやがって!」 その台詞はまるで女同士の醜い争いのようなのだが。 生憎とそうでないことは、恋人に手刀を振り下ろしたままの体勢で先程降車した神父を睨む女を見れば明白だった。気絶した男を抱え、彼女は 「あたしをここで降ろして、この人を名刺の住所まで運んでちょうだい!」 「しかしお客様、」 「うるっせえ! 彼氏に死なれる方がヤバいの!」 酷く激昂した女は一方で、冷静に応急処置を恋人に施す。 「あんたはエンジン吹かしてアクセル踏み込んでりゃ良いんだよ! ビッチ!」 正直、その言葉に腹が立たなかったと言えば嘘になる。 嘘になるが、自身も傷付いているにも関わらず、それでも恋人を助けたいと牙を剥く女に何も想わなかったわけではない。名前が思い切りブレーキを踏むと、それとほぼ同時に彼女は転がり落ちるように降車して行った。 その際に、分厚い財布を放り投げて。 「赦してね。彼がいないとあたし、ダメなのよ」 * 渡された名刺に記されていたのは、その方面では有名な 名前は、男を無事に届けるという責務は果たしたのだから。金輪際関わらなければ良かったものを、お人好しと言うべきか何と言うべきか。彼女は未だ帰って来ない女を待ちつつ、ようやく意識を取り戻した男の看病のために、仕事が終わると必ずそこに寄ることが日課となっていた。 身体中を包帯で覆われ、何に繋がっているかも怪しいチューブを数本生やすことによって生かされている男は、その日の夕刊を名前に手渡す。 「あいつ……神父に暴行を加えたとかで、よりによって“水族館”送りになっちまった」 何がよりによってで、何が水族館なのか。 真っ当な社会人である名前には何も判らない。判らないが、 「怖ぇよ。マジ無理なんだよ。でも……あいつを助けに行かなきゃ」 「え?」 「ずっとあいつに助けられっぱなしの人生なんだよ。こんな時くらい、彼氏として格好付けさせてくれよォオ」 びくびくと怯えながらも遠慮なく包帯を剥がし、チューブを引き抜く男。恋人の財布を大切そうに仕舞い、新聞に載った顔写真にキスを落とす男。 名前は大仰に溜息を吐くと、不衛生な天井を見上げた。 「お客様。行き先は水族館・教誨室でよろしいですね?」 |