やはり他人任せにするのはよくないと、自らハンドルを取った。一日で稼ぐだろう金額より遥かに厚い札束を押し付けて、ドライバーを追い出したタクシーを走らせる。たとえ外国の見知らぬ土地だろうと関係ない。あいつの居場所は分かっている。ほら、また無用心に歩道から飛び出した。アクセルを踏み込む。目は瞑らない。
 衝撃で体が前に飛び出す。シートベルトがビンと張る。開いたエアバッグが邪魔だった。ちゃんと仕留めたかこの目で確かめたい。そしてフロントガラスに広がる鮮血に、口元を綻ばせる。
 九十九回目だった。

 最初は路地裏で怯える仔猫を殺すように。私は慣れなかったし、けれどあいつは慣れているようだったし。それが何だか悔しくて、宵に紛れて幾度も殺した。
 そうしてようやく私の「殺し」が慣れた頃、あいつの目には何も映らなくなった。習慣となった死は、痛みも絶望も苦しみさえもあいつから奪い去ってしまった。私からあの子を奪ったあいつが憎くて憎くて仕方がないのに。
 エンブレムに貫かれた彼の胸腔。運命に握り潰された心臓に切手を貼ったら、それと交換にあの子を届けてくれやしないだろうか。

 くだらない妄執に取り憑かれているとは分かっている。それでも私は車から転がるように飛び出ては何度期待を裏切られようとも、もう次の死へ向かってしまいそうな死体の顔を覗き込む。もとより瞳孔の開いたような奇異な目は、どろりと濁っていて、私の望むあの子とは程遠い。なんでよ。
 頭に血が登ったような感覚と同時に、胸に何かが深々と突き刺さった。その時私は、初めて世界を理解したような気がする。
 与えるべきは、植物人間のような、精神の死だ。佇む趣味の悪いショッキングピンクの何かに、私は一回目の――

−−−−−−−−−−

 目蓋の奥、瞳は眼窩の水底で魚のように泳いだ。シーツの海で微睡む肢体を後ろから抱きしめて、足の間に沈む柔らかな感触は現実味を帯びない。ニットウェアに髪が絡まりそうになるのを、そばかすの少年はひっそりと見ていた。

「あと一回」
「うん?」
「ドッピオ、もうちょっとね」

 抱きしめる腕の強さを、彼女は覚えているのだろうか。
 その数字がいつしかカウントを止めたことを知りながら、ドッピオはその額にキスをする。少女のように頬を綻ばせる人に、憂いは必要がないと思った。「またどこか夢で誰かに会いに行くんだろう」と分かっていながら、言葉にも声にもできないだけ。

 誰も彼も、真実には手が届かないまま。



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