今だから正直に言うけれど、別に私はあの時「恋をしよう」とか思っていたわけじゃあないの。だってエジプトに向かう船の中では逞しい従業員たちと仲良くしていたし、老紳士風の客人とも仲良くしていたし、そういう後腐れない関係が私にはピッタリだったし。とにかく、いくら慣れたものとは言え大海原での船旅は私をとっても奔放な気分にさせてくれた。まるで酸味の強いコーヒーと、ふかふかのパンケーキにフルーツと生クリームをたっぷり乗せて口に含んだ朝みたいに。(ヘルシーなジャパニーズ・トウフで嵩増しなんかされていない本物のパンケーキよ。トウフに罪はないけれど、ばかみたいじゃあないの)
 そんな気分を裏切るように、エジプトのホテルで出された朝食はそれはもう「ばかみたい」なものだった。こんなものを食べるためにここまで来たわけじゃあないのに、とまで思ったわ。これならスフィンクスが見つめる先……でもなくて、自宅近くのダイナーでやっすいバンズでも齧ってた方がマシってものよ。自分で言うのも変だけど、私は白人だし、中産階級でしょう? そういう立場から鑑みてもそれが如何に酷い食事かってことは分かるわよね。とにかく、そんな風に始まったばかみたいな日だったわ。あの男と出会ったのは。恋をしようとは思っていなかったけれど、一目見た途端に心が燃え上がるような人だった。だからあんなにも簡単について行ったの。DIOがどんな人なのかも知らずに。
 私はね、DIOとの営みが好きだったの。でも本能だけが発達しているような、大声で喚いたり、走り回ったり、意味も無く泣いたりするガキは欲しくなかった。だって気味が悪いもの。だからあの男が(なぜかは分からないけど)アレを投げて寄越した時は「他にも女がいたのね」って、まずはそう考えた。もう死んでいたアレを反射的に受け取って、抱き締めてしまったのは所謂「母性本能」ってやつなのかしらね。
 どういう理屈か知らないけど、ただこの世に吐き出されて何もしない内に父親の手で殺された赤ん坊を抱き締めたら、不思議とまともに生きたいって思ったの。あの時の涙は悲しみじゃあないわ。あの感情は怒りだったのよ。

 私、心から感謝してるし、安堵しているの。
 愛しいと思えるようになった我が子が、DIOとの子供じゃあなくて良かった、って。DIOから離れたこの土地で、DIOとは違う男性の隣で、この子を自分の腕で抱き締める度に。



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