よくある話だった。名前の持っていたスーツケースと、マフィア風の男の所有物であるスーツケースが、ふとした拍子に入れ替わってしまったのだ。勿論、マフィアのスーツケースには夢見る白い粉雪がたっぷりと詰まっている。
 そういうわけで現在、名前は偶然自分を拾ってくれたギアッチョとメローネとかいう意味の分からない二人組と行動を共にしている。物陰から冷たい銃口を向けられながら。

 「マフィア」とは何も、イタリアにおける無法者の総称ではない。広義で言えばそうなのだろうが、狭義で言えば彼らはシチリア島の犯罪結社でしかない。そのような犯罪組織は他にもネアポリスのカモッラやローマのシカーリオなど枚挙に暇がなく、それぞれの熱い男たちの現実に起きた抗争を、現地に住む名前は幼い頃からよく耳に挟んでいたし、映画でも非常に慣れ親しんでいた。
 回転数の低い銃で撃たれれば腸壁を傷付けることなく銃弾が貫通し、地獄の苦しみを味わうことになる、ということ。玩具のように小さな小さな弾でも、体内を黒い呪いのように疾走されればのた打ち回るほどに痛い、ということ。下瞼と目玉の間の隙間に錐のような細いものを突き刺せば、血の涙を流す綺麗な死体が出来上がるということ。(顔が膨らみもしない、舌も飛び出さない、糞尿を垂れ流さない。そういった意味の「綺麗」だ)
 そういったろくでもない情報を「映画」から仕入れてはいたものの、名前は、

 「これ、持ってろ」

 そう言ってギアッチョが差し出してくれたブツなど、現実にも虚構にも、一度もお目にかかったことがなかった。「それ」がカチコチに凍っている理由も分からなかったし、そのブツというのが、ついさっき氷の青年がブッ殺していた敵の一人だということも理解できなかった。「それ」は趣味の悪い彫刻そのものだった。いきなりヌッと突き出されたご尊顔と対面し、凍って何も映さない瞳や、霜の降りた睫毛や鼻毛をまともに視界に入れてしまう。
「凍った人間は最高の楯になる。RPGでも持ち出されない限り、あんたの安全は保障されたってわけ」
「せいぜいライフルが関の山だろ」
「イヤだなぁ、ギアッチョ。物の例えだよ、例え。大好きだろ?」
 名前は軽口を叩き合う彼らをぼんやり眺める。足ばかりを忙しなく動かし、けれど心は受け取った氷人形同様、カチコチに凍り付いてしまっていた。

 どこなのだろう。ここは。
 凍った死体に貼り付いた掌が裂け、血が流れた。



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