雷に打たれたようだった。

 名前が友人と出掛けた先で、偶然目の前から歩いて来た男性があまりにも妖しい色気を振り撒いていたから。長く伸びた髪の毛に、左目の上下を走る肉感的で生々しい傷跡。高くすっきりとした鼻梁も、切れ長の瞳も、凛々しい口元も。全てが挑発的で。
 どくん、どくんと彼女の胸が高鳴る。一目惚れなんか滅多にしないのに、と言い訳のように内心で呟いてみても、警戒するかのように彼女は彼から目を逸らすことができなかった。

(警戒?)
 女はどくどくと重苦しい鼓動が続く中、自分自身の思考にふと疑問を抱き、
「!」
 鋭く息を飲む。

 「雷に打たれたよう」ではない。名前はあの時の、脳天を思い切り鈍器でぶん殴られたような、耳元で大きな爆弾が爆ぜたような、何千何万ものスポットライトを一瞬にして浴びたような、強烈な体験を思い出す。死なないだけ、良かったのだ。生きているだけ、奇跡だったのだ。文字通り「雷に打たれる」など。
 左目に傷のある長髪の男。本当に彼の雷電で貫かれる、など。
 忘れてしまいたい記憶だった。あまりにも悲惨な「事件」だった。だから彼女は自身の望み通り、幾重にも幾重にもその生々しい映像に鎖を巻き付け、南京錠までかけて心の奥底に沈めたと言うのに。
 医師も教師も両親も。果ては自分自身でさえ、人間が雷を自由に操るなんて信じられなかったから。ただの「事故」で終わったはずの、呪われた事件。
「名前、見ちゃダメ」 珍しく、美男子には目が無い友人がピシャリと言った。
「……どうして?」
 一瞬、彼女は己の不可解な過去を友人が覗き見てしまったのかと不安になったが、
「あの人、音石明っていうの。昔、事件を起こして捕まっていたのよ」
「まさか、それって、」
「そう。色んなところから五億円近く盗んでたんだって」
 思わず名前は「え?」と訊き返すところだった。友人は気にも留めずに「刑期を終えて出て来たのね」と細く小さな声で囁く。

 名前は既に友人の話など聞いていなかった。
 今更、証明されるはずもないのだ。彼に一体どういう目的があって、名前を襲ったのか。殺すつもりだったのか、遊びだったのか。そうして、あの時の雷は偶然だったのか彼の意図によるものだったのか。彼の計画通りであったならば、どのような手段を用いたのか。
 全てが謎に包まれたまま、名前は。音石明とすれ違う瞬間、無意識に息を殺していた。

 (あなた、あの時わたしをどうしたかったの?)



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