「綺麗な切手だね」
 「ありがとう。頂き物なの」
 「……蒐集(と)っておかなくて良いの?」
 「何を?」
 「その切手」
 「どうして?」
 「折角、綺麗なのに。コレクションにして壁に飾ったら、凄く映えるよ」
 「私、あなたのそういうところが好きよ」
 「ありがとう」
 「でも『私は』コレクションなんてしないわ」

 名前は言いながら、カリカリと羽ペンで羊皮紙を引っ掻くようにして文字を綴った。もう幾度も繰り返されるその行為には何の意味も無く、ただ切手と便箋とインクが消費されていくだけ。
「切手は使うものだから」
「君はいつも手紙を書いているね」
「……酷い人なのよ」 答えにならない声が、男に返される。 「返事なんか一度だって書いて寄越さないのに、切手ばかり送って来るんだもの」
「それが“その人”の返事なんだ。君からの手紙が欲しいんだよ、きっと」
 女は一旦文章を書いていた手を休めると、男の言葉に応えるでなく。さらさらと流れるように、封筒に宛名を認(したた)めた。
「ユリウス・カエサル・ツェペリ。ツェペリ先生なのよ、相手は」
「……君の主治医『だった』人だ」
「そう。だから、これは治療の一環なのね。きっと」
「私ね」と女は続ける。 「あなたやツェペリ先生と出会う前は、死んじゃおうかと考えていたの」

 救われたのだと彼女は言う。病によって家族から見捨てられ、見舞ってくれる知人も、言葉を交わしてくれる友人も、温もりを与えてくれる恋人も、名前には誰もいなかった。病室で塞ぎ込むだけの日々は、彼女の心を易々と握り潰す。だから、偶然にもジャイロ・ツェペリがその切手を(恋人に手紙でも、と思っていたらしい)片手に回診にやって来た時、「綺麗」と自身の口から飛び出た言葉を、誰より彼女が一番信じることが出来なかった。
 そんなことを感じる余裕が、未だ自分の奥底に残っていたのかと。それから彼女は、ジャイロとよく話すようになった。生きることに積極的になった。

「生きてみよう、って思って初めて、世界が広いことに気付いたの。帰る場所がある、って、こんなにも安心出来るんだってほっとしたの。ツェペリ先生とあなたがいたから、私はこうして生きていられる」

 だから名前は、今もアメリカから切手を贈り続けてくれるジャイロに手紙を書く。たとえ返事が来なくても。彼がこの故郷に帰って来るまで。



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