僕は、死ぬ。
 いずれ、の話ではなく、あと12時間39分で死ぬ。もうどうせ死ぬのだから、そんな細かい時間などいちいち覚えていなければいいのに、嫌な性分だ。
 そういうNEXTだった。ようやく追い詰めた犯人が放った青白い光線を、バーナビーはもろに喰らってしまった。オレは誰か人が死ぬ時に、きっかり24時間後、道連れで他人を一人殺せるんだよザマァミロ、とそう高らかに笑って、犯人は死んだ。直後バーナビーはもちろんピンピンとしていて、念のためにその後かかった医者でも何の問題なしと診断され、そして今も、いつものように、相棒と二人、バーナビーの自宅で酒をかっくらっている。

 しかし、実感は十二分にあった。どうしてだが、バーナビーには強い確信があったのだ。僕は死ぬ。きっかり、あと12時間37分で死ぬだろう。
 そんなことは何も知らぬ虎徹は、今日の出動で久々にゲットした高得点のポイントに浮かれ、暢気に笑って豪快に飲んで、早々に潰れてしまっていた。バーナビーがNEXTから攻撃を受けたことすら虎徹は知らない。知っていたら、果たして今頃は。

 数ヶ月前、バーナビーは虎徹に、好きだ、と告白した。未だに虎徹が亡き妻を愛しているのは知っていて、虎徹もどう考えてもノンケで、酔っていなければ、バーナビーは決して思いを告げることはなかっただろう。
 もう頼むから、セックスだけでいいからさせてくれ、とも、言った。
 酔っていたが、その辺りは、わりと臆面なく、殊更はっきりと、言った。
 当然そのまま顔面にグーパンチをもらい、奥歯が欠けた。

 現役バリバリのヒーロー(しかも上半身にウエイトを置いてトレーニングを組んでいる虎徹)が、本当に力の限り殴りかかってきていたら、奥歯どころの話ではなかっただろう。
 不味いことを言った自覚は、酔っていてもしっかりとあったので、取り繕うつもりでバーナビーはそれを冗談めいて続けた。ら。
 それは顔出しヒーロービジネスへの最低限の兼ね合いと思いやりの結果だ死ね、と、更に鳩尾に、今度は手加減なく殴りかかってきて。
 いくらバーナビーもバリバリの現役で腹筋が見事に六つに割れていたとしても、それから三日間、まともに飯を食べられなかったのは、まだ記憶に新しかった。

 実は、もうすぐ自分は死ぬのだと、泣き落とせば、虎徹は簡単にセックスをさせてくれただろう。
 彼はそういう男なのだ。助けを求めて縋る手を、決して振り払えない。ましてや自分に好意を向けている相手だ、少しでも後悔の残らぬようにと、自分に出来ることならば、なんでもやろうとするだろう。

 しかし、もしこのまま何にも告げずに、バーナビーが死んだとして。
 今から12時間23分後、虎徹は、物言わぬ死体となったバーナビーを思いきり怒鳴りつけて、そしてすがってぐしゃぐしゃに泣くだろう。――そして、後悔に打ちひしがれる。何故、死を隠す相棒に気付いてやれなかったのだと。何故、バーナビーの思いを受け入れることをしなかったのかと。

 これから先一生、虎徹はバーナビーの思いを受け入れられなかったことを悔やむのだ。

 でも、一人で死ぬのは怖かった。言いようのない恐怖だ。今にも泣き出しそうだった。
 だが決して泣くわけにはいかない。だってバーナビーはヒーローだ。ヒーローとは孤独なもの。

 しかしそうなってくると、バーナビーがヒーローとしてデビューしてから、孤独な瞬間など一度たりとしてあっただろうか。
 バーナビーにとって、ただ一人の絶対的なヒーロー、ワイルドタイガーに孤独な瞬間など、今まであったのだろうか。
 だって虎徹とバディを組んでヒーローデビューを決めたあの日、バーナビーは20年の孤独からようやく解放されたのだ。

 ずっと、死ぬことなど怖くなかった。もうバーナビーには虎徹がいる。彼に背を預けて、万が一死んだとしたってなんの後悔もないのだ。
 だけれど今この瞬間、すぐ目の前に虎徹はいるというのに、バーナビーの胸の内からじわじわと黒くにじむ孤独を拭えずにいる。
 今にも、なんにも知らずに間抜け面ですやすやと眠る虎徹を無理矢理起こして、泣きついてしまいそうだった。僕は死ぬ。たった一人で。
 本当は、バーナビーの死が一生虎徹を縛る、というのだって言い訳だ。こんな、小さなことで満足したフリをして、好きな人へ無理矢理思いを遂げる度胸もない、とんだ臆病者だった。
 これから12時間11分後、この世の誰より大切な人を傷付け、そしてバーナビーにとって唯一のヒーローの、一点の澱みになる。今、そればかりを、ただただ心待ちにしているのだ。ヒーローなどとは、甚だ笑わせる。あと、12時間10分。僕は死ぬ。僕は。


 虎徹さん。
 堪えきれず、そう小さく呟いたバーナビーは、せめて無様に笑ってみせた。




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