鏑木・T・虎徹 様 ――――




 ―― 前略 ――


 こちらは、まだTシャツでも少し汗ばむような島国にいます。もうそちらは肌寒くなってきたのでしょうか。
 お久しぶりです。お元気ですか。
 携帯も繋がらない国を次々と渡り歩いているので、こうして連絡を取るのは四ヶ月ぶりになりますね。
 これからしばらく先も、繋がらないところを行く予定なので、こんなアナログな方法を選びました。

 今、満天の星空の下で、これを書いています。ヒッチハイクに失敗して、また近くの宿屋までたどり着けませんでした。そろそろ野宿もお手のものです。

 聞けば、この国の郵便配達はあまり正確ではなく、ちゃんと届かないこともしばしばあるそうです。
 この手紙があなたにちゃんと届くかどうか不安ですが、同時に永遠に届かなければいい、とも思います。

 今まで手紙なんてものを書いたことがなかったので、なんだか恥ずかしい。
 手紙は不思議ですね。メールでも照れくさいことも、素直に書けてしまいます。


 まぁ、旅立つ日、虎徹さんにはあれだけ泣きっ面をさらしてしまったので、あれ以上に恥ずかしいこともないとは思いますけれど。
 あれは、今思い出すだけでも本当に不覚です。あれほど馬鹿みたいに泣いたのは、あなたがマーベリック事件で死にかけた時くらいでしょう。

 最も、あなたのほうがこちらがちょっと引くほど号泣していたので、他の誰にも言いふらしてはいないと思いますが。


 さて、最後駅で別れる時、どんだけ離れてても、オレたちはずっと変わらない、一生相棒だ、とあなたは言ってくれました。

 泣きながら、ありがとうございます、と返して、それからしばらくは幸福感に浸っていたのですが…。

 正直に言うと、そう言われた時何故だかひどい違和感を感じていました。
 最近その違和感の正体がなんなのか、ようやく気がつきました。
 (いえ、あなたとは、一生背中を預けられる相棒だと思いますけれど。)


 生きていく中で、全く変わらない人なんてこの世に一人もいないのではないでしょうか。
 僕だって少しずつ変わります。虎徹さんも少しずつ変わるでしょう。
 現に、虎徹さんがいない毎日が、僕にとっての日常になりつつあります。
 今の虎徹さんにとっては、田舎で楓ちゃんたちと穏やかに過ごす日々が、当たり前の日常なのでしょう。


 マーベリック事件で虎徹さんは僕に、お前は悪くない被害者だ、と言って謝罪を聞き入れませんでした。

 けれど、記憶を奪われ塗り替えられて、あなたを殺そうとしたこと。熱線銃で撃ったこと。

 僕に殺されかけ絶望に顔を歪める虎徹さんを、腕の中で意識を失っていく虎徹さんを、今でも夢に見ることがあります。


 今、改めて考えてみると、僕が、世界を見たいんだ自分探しだなんだと理由付けて旅に出たのは、他ならぬあなたから逃げ出したかっただけなんじゃないか、と思います。

 あなたを殺しかけた僕を、簡単に許してしまう虎徹さんを、見たくなかった。
 本当は罵って、罰して欲しかったんです。

 それだけではありません。
 虎徹さんがヒーローを辞めて、僕の側からいなくなって。
 当たり前の、居心地のいい日常が変わるのが怖かった。
 あなたとの思い出がたくさん詰まったあの街で、一人で取り残されるのが無性に恐ろしかったのです。

 両親を失ったあの日、この世にずっと変わらぬものはなく、当たり前の幸せは簡単に失ってしまう、ということは、散々思い知らされていたはずなのですが。

 あなたが当たり前に僕に与えてくれた日常は、それほど手放しがたく、愛しい日々でした。


 たぶん人は何をせずとも時間と共に変わっていくことに、僕はなんとなく気がついていて、それに耐えられなかったのでしょう。

 しかしこうして全く別の環境で時間を置いた最近、それでもいいのかな、とようやく思えるようになりました。


 あなたと過ごしたのはたった一年で、僕の今まで生きてきた25年間という月日を考えれば、短い歳月で、虎徹さんからしたらもっともっと短いのでしょう。
 これから生を重ねれば重ねるほど、あの一年はほんの一瞬でしかなくなります。


 それでも、虎徹さんとあの街を、ヒーローとして駆け回った一年間は、僕が生きてきた人生でどの瞬間より、色濃く、鮮やかだ。

 少し先になりますが12月頃、シュテルンビルトに帰ろうかと思います。
 思い返せば、幼少期から良いように操られ、記憶を植え付けられてきた街だというのに、不思議と、帰る、という言葉しか浮かびません。

 帰って、少し落ち着いたら、一度そちらに会いに行きます。
 肴になるような馬鹿話は、この一年でそこそこに溜まっているので。
 お酒の準備、しといてくださいね。




 ―― 追伸 ――


 一年前から特に隠す気もなかったので、たぶんとっくに気づいていたでしょうが。

 これまでとは違ってずっと穏やかになった、虎徹さんがいない日常が当たり前になった、今でも。
 これから先、僕がもっともっと変わっていってしまっても、虎徹さんが変わってしまっても。


 僕はあなたが、好きです。



 ―――― バーナビー・ブルックスJr



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