虎徹はこれまでの人生で、あまり女性としてのハンディを感じたことがなかった。

 連れ添った夫がその辺の女よりずっと病弱だったこともあるし、何より虎徹にはハンドレッドパワーがある。
 無敵なのは五分だけだが、その五分間ならば力自慢のアントニオにすら負けたことがないのだ。
 ヒーローとして本格的に活動を始め、体を鍛えちゃんとした格闘術も覚えからはもう怖いものなしだった。

 それだけ男勝りな性格で、職業も荒っぽいものだと、今度は逆に女性であることをコンプレックスに感じるように思えるが、そういうわけでもなかった。
 そりゃあ思春期の頃、筋肉隆々の男子をいとも簡単に打ち負かすことに、多少の羞恥心を持たなかったわけではない。 しかしネクストを完全に使いこなせるようになってからは、それも大した問題ではなくなった。
 だって可愛い小物があれば集めたいし、ケーキの食べ歩きもしたいし、自分を着飾って周りから賞賛されるのも好きだ。
 自分の欲求に大変正直な虎徹は、女性であることを惜しみなく利用し、楽しんだ。

 ――自分がどれだけ良い女かってことと、男がどれだけ馬鹿な生き物かってことを、君は完璧に分かりきっているんだから、タチが悪い。

 それは事あるごとに友恵に言われ続けた台詞である。
 そしてじゃあオレ友恵一筋だから、浮気とか変な心配がなくていいでしょ。と、得意気に返すと、にこり、凄みのある笑顔で続けられたのも、常であった。

 ――でも、馬鹿だけど、男は怖いんだから。その辺しっかり肝に銘じてよ?
 病弱で、自分のように争い事からはかけ離れた男だったけれど、虎徹は彼に一度たりとも勝てたことがなかったのである。


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 さて、(夫に言わせると)自分の魅力、もとい、分をわきまえ、奔放に遊び倒してきた虎徹だ。
 今までの経験から、自分に向けられる艶っぽい視線は些細なものでも大抵分かる。

 あ、これはイケるな。と、敏感に感じ取ったのは、いつものように相棒の部屋にて、部屋の主と二人っきりで酒を飲み交わしていた時だ。

 普段だと、色々な意味でそんな面倒臭そうな相手から色目を送られても、気付かぬふりでそっと流すのだけれど。
 良い具合に出来上がっていた虎徹は、常にすまし顔のバーナビーが自分に欲情しているのか、と考えて、正直ムラっとした。
 自分の欲求に以下略、な虎徹は、当然のようにその形のいい唇に舌を這わせる。
 雰囲気もへったくれもないまま唐突に唇を奪われて、バーナビーは目を見開いたが、大した動揺も疑問もなさそうに、すぐ答えてきた。彼も酔っていたのだろう。

 同僚と寝るなんてことは今まで…、まぁないこともなかったけれど、ヒーローがお相手なのは初めてだ。
 おまけにアイドル顔負けにメディアへ露出している相棒にちょっかいだなんて、さすがにまずいんじゃないかな。と思いながらも、久々の感覚にこちらも大変興奮したのだ。
 憎たらしいほど見目麗しいこの男だ、遊び慣れてそうだしまぁいっか、という軽いノリと酔った勢いで虎徹はついつい、乗っかった。性的な意味で。


 そして、朝。
 目を覚ました虎徹が一番に認めたのがこの無駄に整ったお顔であった。
 すっかり酒も抜けていた虎徹は、ああ久々にやっちまった、と、当然うなだれ、自分の軽いお尻を心底呪った。

「おはようございます」
「…おっはー」
 バーナビーはすでに隣で目を覚ましていて、そういつものよう、すました声で挨拶してきた。(かっこつけてもパンツ一丁だとちっとも締まってねーぞ、とこっそり思ったが。虎徹も同じくパンツ一丁だったので、大人しく内心思うだけにした。)

 バニーちゃんとモーニングコーヒーだよ笑えない。さて、一体どうするか。と虎徹が色々うなっていたところだった。

 突然、バーナビーは虎徹の両手をするりと抑えつけ、上に覆い被さるようにまたがってきた。――まるで、押し倒されているような格好だ。

「…え、何、朝からまたすんの?素面だと、さすがにおばさん気まずいんだけど」
「違いますよ。酔っていたとはいえ、寝ちゃったわけですし。まぁ、一応、改めまして」

 虎徹は今までバーナビーに割と潔癖なイメージを持っていた。行きずりの(とはまた違うけれど、ある意味それより面倒な立ち位置の)女と酔った勢いでセックスだなんて、全く想像つかない。が、昨夜、安い誘いに簡単に乗り、そこそこ経験豊富な虎徹を容易く翻弄した様子を見ると、そうでもなかったのかもしれない。
 だがしかしこのように根っからの仕事人間で、ものすごく生真面目な彼だ。これから円滑に仕事を続けられるよう何か一言釘を刺しときたいのかもしれないし、それとも一応、謝罪でもするのだろうか。

 まぁどちらにせよ、いつもどおり、さっぱりとした彼のこの様子を見ていると、なんとか水に流せそうな、
「結婚を前提にお付き合いしてください」
 …せなかった。

 その爆弾発言に、虎徹は十秒ほどたっぷり固まった後、はああぁっ!!?とあらん限りで絶叫した。
 今日はエイプリルフール!?、と混乱する虎徹に対して、バーナビーはにっこり余裕の笑みすら浮かべている。

「じょ、冗談きついぜバニーちゃん…、まじで、笑ーえなーいぞっ?」
「失礼な。大真面目ですよ」
 彼の相棒になって半年とまだ短いが、虎徹はバーナビーが浮かべる表情で、感情の変化の見分けが付くようにはなっていた。
 確かに笑顔だが、冗談を言ってる時の顔ではない。――これは、本気だ。

 格好こそ押し倒されているが、振り切れないほどでもない力だった。バーナビーも、虎徹を本気で抑え込もうとすれば、ネクストで反撃され、部屋を丸々壊しかねないことが分かっているのだろう。
 しかし逃げ出したところで、毎日嫌というほど顔を合わせている相棒だ。今ここでしっかり話し合っとかないと、後々面倒臭すぎる。

「いや待て、おち、落ち着けよ、てゆーかそれまず女のセリフじゃないの!?」
 だが。しっかり話し合おうにも、まず虎徹が冷静になれない。
 だってKOHでイケメンで天下のバーナビー様が。おばさんだなんだと散々疎ましそうにしていた自分に本気でプロポーズ。

「誘って、上に乗っかってきたのは虎徹さんでしょう。純真な若者を弄ぶだけ弄んどいて、ちっとも罪悪感が湧かないって言うんですか?」
「そりゃそうだけどさぁ!一回やっちゃったくらいで結婚って、童貞でもないくせに何いきなりかっ飛んじゃってんの?」
「あ、実は僕、これが初体験なんですよ。なのでほら、責任取って下さい」
「部屋にローション常備でノリノリで使いこなす童貞って何だよおい!?」
「予習が完璧だったので。勉強家なんです僕」
 そんなわけあるか!と虎徹は大声で突っ込むが、バーナビーはどこ吹く風である。
 あまりに話が通じなくて、ちょっともう泣きそうだ。

「頼むから落ち着けよ、おばさんが悪かったから!なっ!?」
「驚きの通常運転ですよ。既成事実ゲットで内心ものすごく舞い上がってますけど」
 確かにバーナビーは怖いくらい上機嫌だ。彼がこれほど饒舌なのは珍しい。

「だから、意味分かんねーって!結婚しててコブ付きで、アラフォーに片足突っ込んでるおばさんだぞ?不良物件にもほどがあんだろ!」
「もしかしたら僕があまりにモテモテで普通の綺麗系にはうんざりでもうそういう不良物件にしか勃たないのかもしれないでしょう。人の性癖を理由にするのは、ずるいですよ」
 確かに正論だ。それだと、相手を言い訳にしている。

 それならば。
「…分かった、言い方が悪かったな。――じゃあオレは、完全に遊びで足開いた。てゆーかまだ旦那一筋だしこれから再婚する気もないし、バニーちゃんと結婚どころか、これからどうこうなるつもりが、全く、これっぽっちも、微塵もない」
 なら100%こちらの都合で振ってやればいい。

 呆れろドン引け怒れ、と、わざと神経を逆撫でするようきつめに言い捨てたが、それは間違いなく虎徹の本音でもあった。
 これからバーナビーとお付き合いしていくイメージが全く沸かなければ、ましてや娘との間に父親以外の男を割り込ませる余裕もなかったのだ。

 とにかく、ここまで言って相手が黙らなかった例が今まで、
「遊びかどうかも、虎徹さんが決めることじゃないです」
 …ない、はずだったのだけれど。
 あまりに身勝手にそう言いきられてしまって、虎徹はあんぐり口を開けて固まった。

 呆気に取られる虎徹を無視して、バーナビーは続ける。
「好きです。お節介で口うるさくて、でもどこまでも優しくて、僕にヒーローの意義を教えてくれた虎徹さんが。まだ旦那さんを愛してるあなたも、楓ちゃんが何より大事なあなたも。そういうあなただから、好きになりました。だから軽い気持ちでその気になったあなたに、これ幸いと酔ったふりして手を出して、これでうっかり孕めば一生繋いでおけるなって思うくらいに」

「…いやいや待てよ後半、そんなん言ってどうすんの、ドン引きしかしねぇよ」
「セックス出来る程度には好かれてるってことが分かれば、充分です。一回でも僕に付け込む隙を見せた、虎徹さんが悪い」
 全く悪びれることなく、バーナビーはきっぱりとそう言ってのけた。

 何故虎徹の筋道通った言い分が駄目で、バーナビーのそんな理不尽すぎる主張が通るというのだ。
 というかまず客観的に考えて、バーナビーの今までの人生は、復讐ばかりに捕らわれ、世界は非常に狭かったように思う。だから、一番辛い時期にたまたま優しくして側にいたのが虎徹だったから、勘違いをしているだけなような気がしなくもない。(まぁしかしそれも、断り文句にするのはお門違いだろう。24歳にもなって、恋かどうかも見極められないバーナビーが悪い、という話になってくる。)
 これは、虎徹は怒ってもいいだろう。ふざけるな、大概にしろと怒鳴り散らす権利があっていいはずだ。

 …だがしかし、それだというのに、虎徹は自身が耳まで真っ赤になった事実を認めざるを得なかったのだ。

 ――ああ、ちくしょう、こんなん友恵以来だ。
 分かってたはずなのだ。力づくで押さえ込もうとしない、思いだけでぶつかってくる人間に、自分がとことん弱いということに。自分に向ける感情が真っ直ぐであればあるほど、虎徹はどうしようも出来なくなる。

 本気の男は、こわい。

「……もうやだなにこいつ、ワイルドエスケープしたい…」
 そう真っ赤になって呟いた虎徹の手足を、がっちりホールドしたままのバーナビーは、意地悪くにやりと笑って続ける。

「したければ、どうぞ。――それで僕から本気で逃げられると思ってるんなら、ね?」
 …怖っ。男超怖っ。




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