※72号ネタバレ
※鹿島、御子柴、若松から千代ちゃんが抱きしめられる描写あり。ご注意ください。





「ーー鹿島くん、お願い!ちょっとだけ抱きしめて欲しいの!」
 昼休み、2-Gにやって来た佐倉は、学園の王子様である鹿島に、高らかにそう言ったのだった。目を剥き口をぽかんと開ける御子柴と、2-Gの面々を置いて、鹿島はいつもの調子で佐倉の手を取り唇に寄せる真似をした。
「ーーおや、普段は他の王子に夢中のお姫様が珍しいね。君のお願いがなかったとしても、そんな可愛らしいことを言われたら、思わず抱きしめてしまっていたよ」
 歯の浮く台詞を惜しみなく吐いた後、鹿島は流れるような動きで佐倉を抱きしめた。
 クラス中の女子たちから黄色い声と、嫉妬混じりの悲鳴が上がる。のだが。
「…………うーん、やっぱり鹿島くんだと、全然違うなぁ。体が薄いし、筋肉がないし、身長も違う」
 自分からお願いして抱きしめてもらったはずだと言うのに、佐倉はずいぶん辛口に批評したのだった。
「千代ちゃんひどい!?」
「お前、今クラス中の女子を敵に回したぞ………」
 隣でその様子を見ていた御子柴は、ちょっと呆れる。
 クラスの女子どころか、学園に在学する女子はもれなく全員、鹿島のファンだ。そんな鹿島からハグを受けたにも関わらず、全然違う、とは何事だろうか。
 ……まぁ、いつでもどこでも野崎への恋心を公言して憚らない佐倉は、鹿島に割とどんなことをしても、王子の取り巻きたちから許されているのだが。(ズルイー!、鹿島くん私も抱きしめてー!、私も私も!、と次々に手を上げ鹿島の周りに群がる女子たちは、佐倉にこっそり感謝すらしている。)
 そして、何故いきなりこんなことを強請ったのかと説明すれば、やっぱり野崎関連のことだった。
「鹿島くんがダメってことじゃなくて、実はね、ええと……。こないだサッカーのゴールを決めた、みたいな感じのノリで、野崎くんに抱きしめられたのっ!!でもいきなりだったし、一瞬だったし、抱きしめられてる間の記憶が全然なくって……。そしたら結月が、鹿島くんあたりに抱きしめてもらって、もっかい感触を思い出してきたら、って言われて!……でも、鹿島くんは女の子だから、やっぱり柔らかいし、肩も華奢だし、野崎くんとは全然違うや」
 先日野崎に抱きしめられた一連のくだりを、御子柴に気を使った佐倉は、漫画家という職業を上手く隠して説明した。
 鹿島と、聞き耳を立てていたクラスの面々は、なるほど体育の時にでも抱きしめられたのかな?やっぱり佐倉さんは鹿島くんに変なちょっかい出さないから安心だわ、とそれぞれ勝手に勘違いしてくれている。

 それを聞いた御子柴は、佐倉に向かって、フッと、髪をかき上げて、ウィンクを投げた。
「おいおい、この恋のラブハンターを忘れちゃいないか子ウサギちゃん?この俺が、特別に抱きしめてやってもいいんだぜ?」
「あ、みこりんは絶対違うからいいや」
「なんでだよ!?お前今、学園の女子を一人残らず敵に回したからな?!!」
 だがしかし、そんな御子柴の申し出を佐倉は即答で断った。
 恥ずかしい台詞だったのに素気無く却下され、顔を真っ赤にし涙目で抗議したけれど、佐倉はそんな御子柴を全く気にせず淡々と続ける。
「うーん、野崎くん、元バスケ部だからかなぁ?やっぱり、みこりんとはパッと見ただけで、骨格と筋肉が違うし。抱きしめられた時も、肩ががっちりしてて、身長もあるから、こう抱え込まれる感じで……」
「記憶ないって言ってたけど、結構がっつり覚えてるじゃねーか……」
 野崎の体の特徴を詳細に語る佐倉に、若干引きながら御子柴は突っ込む。
 と、いうか、こんなに詳しく指定があっては、どこの誰が抱きしめようが、納得しないのではないのだろうか。
 面倒臭い、本人にもっかい抱きしめてもらえよ。と、御子柴が一蹴して諦めさせようとしたところに。
 行列を作ったクラスの女子を、順番に抱きしめていた鹿島が、無責任にも余計なことを言い放ったのだった。
「ーーうーん、上背と筋肉で選ぶってなると、部活が同じだったっていう若松少年が一番近いんじゃないかな?」



「……と、いうわけで抱きしめてください!」
 作画作業も終わり、野崎がちょうど、切れていたお茶っ葉を買いに外へ出たところを狙って佐倉は若松に事情を説明して頭を下げた。
「む、無理ですよ…!?」
 少しだけ頬を染めた若松は、首をブンブンと横に振る。そんな経験のない若松には、ずいぶんハードルが高いお願いだ。隣にいた御子柴に助け船を求めるが、御子柴はさっさと適当に抱きしめてやれ、と非情にも言い捨てたのだった。
「抱きしめたところで、どうせ、やっぱり本物とは違う、本物サイコー、とかグダグダ言って終わるから。恨むなら、佐倉に余計な入れ知恵をした瀬尾と鹿島を恨め」
「これ言い出したの瀬尾先輩なんですか!?なんて厄介な…!というか、御子柴先輩はイケメンでモテモテだから、簡単に女の子を抱きしめてやれ、なんてことを言えるんですよ!」
 俺だって別に慣れてるわけじゃねーよ、と御子柴は言い返してやりたかったけれど。
 御子柴が漫画のアシスタントだとバレた後でも、御子柴先輩はそれでもかっこいい!、と信じて疑わない若松の憧れを壊すのも気が引ける。

 ここはもう手っ取り早く証明したほうがいいか、と御子柴は諦めのため息を一つ吐いて。佐倉の方に体を向けた。
「ーーおい、佐倉」
 次の瞬間、御子柴は隣の佐倉の腕を引いて、ぎゅっと抱きしめる。
「ちょ……」
 若松が声を上げる間も止める暇も与えられず、自然にスマートに、御子柴は佐倉を抱きしめた。
 御子柴からは、照れも躊躇いも感じなかった。座ったままだったにも関わらず、佐倉を上手に抱き止めた御子柴が、若松にはやっぱりずいぶん手慣れた色男に映り、またこっそり御子柴の株が上がった。……の、だが。
「どうだ?」
「うーん、予想通り、みこりんは全然違うなぁ……。野崎くんと比べて身体も胸板も薄いし、筋肉もないし、腕も細いし…。みこりん運動苦手って言ってももうちょっと鍛えたほうがいいんじゃない?」
 そこから続くやり取りは、抱きしめ合ってる男女とは思えないほど、淡々としたものだった。学校で、鹿島と人気を二分するほどモテる御子柴の抱擁だと言うのに、佐倉はここぞとばかりに酷評する。
「……な!?ここまでボロクソ言われると、慣れてなくたってトキメキもクソもねーから!さっさと抱きしめて、さっさと話を終わらせろ!」
 御子柴は佐倉から体を離し、涙目で若松のほうを振り返ってそう言った。
「あ、あぁ……、な、なるほど………?」
 確かに、これならば自分でも恥じらいもなく抱きしめられるかもしれない、と若松は思った。あのかっこいい御子柴ですらここまで酷評されるのだ。
「お疲れのハグみたいなノリで気軽に!よろしくお願いします!」
 更に、佐倉から床におでこがつきそうなほど深いお辞儀をされる。先輩からのお願いには答えなくてはと考える体育会系気質の若松は、先輩にここまで言われては仕方がないか、と、心を決めた。
「し、失礼します………」
 若松が佐倉へと向き直り、こわごわと肩に腕を回し、抱きしめた。ーーその時だった。


「ーー何やってるんだ?」
 突如聞こえた家主の声に、三人とも、一気に血の気が引いた。
 三人が一斉に玄関を振り返れば、レジ袋を持った野崎が、帰ってきていた。
 職業柄、野崎はネタにしようと人の恋愛話にすぐ首を突っ込む。身近にあるちょっとのフラグですら見落とさず、全て作品に昇華しようとするのだ。もし若松と佐倉との抱擁を見て、下手に勘違いしたら、と考えて、三人は青ざめた。
 若松は、佐倉の肩に回していた両手を慌てて上げ、佐倉からジリジリと後ずさって離れる。御子柴も、慌てて声を荒げた。
「きょ、今日もアルバイトお疲れ様のハグ!!だ!!!特に深い意味はないぞ?!!」
「……さ、さっき俺、御子柴先輩ともハグしましたから!!佐倉先輩とだけじゃなくて、全然違くて、話の流れでっ!!!全然違くて!!!!」
 若松もそれに合わせようと、嘘を混ぜ、必死に話を繋げる。
「…ふうん?」
 焦りすぎて不自然になっている二人に、野崎はちょっと首を傾げながらも、頷いた。買ってきたお茶を作業テーブルに置きながら、若松が後ずさって、そこにちょうど一人分隙間があったので、佐倉のすぐ隣に腰を下す。そのまま、隣の佐倉の顔をジッと見下ろした。
 野崎に、若松との仲を勘違いをされたかも、と思った佐倉は、今にも泣き出しそうだった。目の端に、今にも溢れそうなほど涙を溜めている。
「の…、野崎くん、こ、これは、」
 顔面蒼白で、弁明しようとする佐倉を遮って。

 ーー次の瞬間、野崎は、佐倉を抱きしめた。
 座っていたので、先日より、無理なくずっと顔も胸板も近い。衝動的なものでもなかったので、優しく、ゆっくりとした動作で佐倉の小さな体を、野崎は包むように抱きしめた。
「ーー佐倉、今日も手伝い、ありがとう」
 すり、と、口を耳に近づけさせて野崎はそう言う。
 佐倉の耳に、直接、野崎の低い声が響いて。


 10秒ほど、そうやって抱きしめた後、満足したのか野崎は呆気なく佐倉から手を離した。くるりとこちらを振り返って、両手を広げる。
「よし。じゃあ次は御子柴と若松もだな!来い!!」
「……そ、それどころじゃねぇええっ!!!!」
「さっ、佐倉先輩ぃいいっ!!!!!」
 能天気に満面の笑みを浮かべる野崎を置いて、御子柴と若松は、気絶した佐倉の肩を掴んで必死に揺すったのだった。



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