※無理矢理描写あり注意






 雲ひとつない、晴れやかな秋の日だった。快晴にも関わらず、もうシャツ一枚で快適に過ごせる。午後5時、日も沈み始めたこの時間は、シャツだけでは少し肌寒いほどだ。裸では尚更。
 開けっ放しの窓から聞こえる虫の音も、いつの間にか蝉からこおろぎに変わっている。蝉よりも柔らかで風情のある、良い音だった。およそ、今にはふさわしくない。

 先ほどまでぼろぼろ涙をこぼしていた鹿島も、すっかり泣き止んで、「もうすっかり秋ですねー」と呑気に呟いた。大声を出したわけでもないのに、少し声が嗄れていた。
 イテテテ、と堀が酷使した身体をほぐすように伸びをした。その長い腕をしなやかに伸ばして。下は辛うじてスカートを履いたままだったけれど、上は裸のままだったので、何の気なしに腕を上げられると、先ほどまでいたぶって弄り回した乳首が嫌でも目に入る。
 (女として)貧相な体だ、とは知っていた。衣装合わせでサイズも知っているし、普段男役をこなすのに潰す必要が全くない、真っ平らな胸だ。けれど実際脱がして触ってみると、やっぱり男のそれとは違い、柔らかい脂肪がうっすらついていたし、舐めて先端を柔く噛めば、悲鳴に近い、女の声が上がるのを堀は知った。唾液と自分の歯型がうっすら残る乳首は、こんな時でも扇情的で落ち着かなくさせる。



 正直、どうしてこうなったのか、よく覚えていない。寝ぼけていたのだった。
 昨日また野崎の家で徹夜で作業をしていて、今日は日曜だったけれど、午前中だけ部活があったのでそのまま登校した。なんとか睡魔を乗り切り、つつがなく部活を終えて、部員が全員帰ったのを見届けた後、部室で昼から少し仮眠を取っていた、はずである。
 たぶん、エロい夢を見ていた。
 部室で鹿島を押し倒して、身体中を良いように無理矢理まさぐる。そういう夢だった。悲鳴を上げ、逃げようとする鹿島に、「窓、開いてるぞ。そんないい声出して、いいのか?」と脅迫まがいのことを囁いて。
 どこまで夢で、どこから現実なのかは、分からない。なぜかと言えば、それが夜な夜な堀がシコってた妄想そのものだったからだ。好きな子を思って息子を慰める、なんて、健全な男子高校生ならば当然なことで、日常だった。だから、とうとう夢にまで見たか、とそんな程度にしか思わなかった。舌で口内をあますところなく探って、慎ましい胸を散々可愛がり、満点の脚を執拗に撫で回し、アソコを責めた。手触りも舌触りも匂いも鹿島の声も、いちいちリアルだったのに、堀は今日の夢は出来の良いなと感心するばかりだった。
 目覚めたら夢精をしているんだろうな。あれは出る瞬間こそ最高に気持ちいいが、起きた後、ぶちまけた下着を考えると最悪だ。……初めてで痛みと恐怖で涙し、意思とは無関係に感じさせられ濡らしているのに、脅されたせいで声もろくに上げられない鹿島を目の前にしておきながら、堀は呑気で勝手で最低最悪なことを考えていた。寝ぼけてたとはいえ。

 これが夢じゃない、と気が付いた時には、もう遅かった。
 堀のナニは、鹿島の中にすっかり収まっていて、後は腰を振る最終工程だけ。童貞だった堀には当然知らぬ快感と熱さを強烈に感じて、意識が冴えた。

 これは、一体なんだ。
 何がどういう状況だ。夢じゃなくて、現実なのか。と堀は錯乱する。
 無理矢理押さえつけていた鹿島の両手が視界に入って、慌てて手放した。
 すると、鹿島は堀の首に腕を回して、強く抱き付いてきて。
 思えば、痛みを和らげるように身体をねじりたかっただけだろう。しかし、すがるような手を伸ばされて、そこで決定的に堀の抑えが効かなくなった。



「この世の終わりみたいな顔してますね、先輩?」
 茫然自失していた堀に向かって、こと軽やかに、からかい混じりに鹿島は言った。
 被害者、のはずなのに、面白くてしょうがない、といった言い方だった。とてもじゃないが、茶化していいようなことではない。
「こんな時にやめろ、冗談なんか、」
 途中までそう言って、他ならぬ自分自身がこんな冗談みたいな状況を作り出したことに気が付いた。
 言いかけた言葉を飲み込んで、頭を下げる。
「………謝って済むことじゃないことは分かってる、けど、ごめん。悪かった。気が済むまで殴っても罵っても、ネットに晒しても構わない。警察行けってんなら、もちろん行く。死んで詫びろって言われても、しょうがないことだ」
「あははは、死ぬって。正直、一番それが無責任だと思いますよ。だって、これでもし子供でも出来てたら、どうします?」
 心からの謝罪だったが、まともに受け取られなかった。話半分に聞いていた鹿島は、てきぱきと精子と膣液と、奥から流れ出した血で汚れた性器とスカートを、ハンカチで拭っている。堀は慌てて目をそらした。初めてだったろうから、出血があるのは当然だ。鹿島を傷付けたことに、改めて堀は動揺する。…いや、今まで散々、脳内で鹿島を汚してきたのだ。健全な男子高校生ならば、なんて、ろくでもない言い訳をしながら。自己嫌悪で吐きたい。
 そんな堀にちっとも気にかけた様子もなく、軽く拭き終えた鹿島はまるでいつもの部活時の衣装替えのような気軽さで、その辺に落ちていたパンツと短パンを履いた。
「…ふざけた雰囲気を作るなよ、頼むから。こんなことされて、許すな」
「えー、そりゃあしばらく根に持ちますよ、さすがに。無理矢理だし、部室だし、ていうか床だし、股どころか腰も背中も痛いし、ナマだし、中出し?ってやつですし」
 とりあえず病院はついてきてくださいよー、産婦人科で男子高校生一人っていう辱めを受けてくださいねー?、なんて、やっぱりふざけた調子で答えながら、今度はブラジャーとワイシャツを拾い上げて、身に付けていく。ベストと、ネクタイもきっちり上まで締めて。
 よれたスカートや、髪の乱れは目につくものの、あっという間にいつもの鹿島だ。あらかた身だしなみを整えてから、ようやく堀のほうへと向き直った。
「でも、こんなからかいがい?いじりがい?、の、ある先輩って滅多に見られないですから」
 そうして、いつもの鹿島が、いつものちょっとうざい調子で、にっこり笑いかけるのだ。
 彼女に演技のいろは全てを叩き込んだのは、他ならぬ堀だ。それらが全部、無理に作った演技の声でも表情でもないことは、見れば一発で分かる。

 堀はすっかり困惑した。
「……なんでお前こんなひどいことされて、そんな、笑ってられ、」
 るんだよ、と、言いかけるが、途中で遮られた。
 キスをされたから。

 先ほど堀が、無理矢理舌を突っ込み鹿島のそれと絡め唾液を貪った荒々しいものとはまるで違う、唇と唇を合わせただけの可愛らしいものだった。洗練潔白な王子様の鹿島によく似合うものだった。
 しかしそうしてキスをした鹿島は、いつもの完璧な王子様スマイルとは違っていて、照れたようなはにかんだような笑顔だ。目の下の泣き跡が、胸に痛い。明日はきっと腫れるだろう。

「ーーさぁて?どうしてでしょう?」
 そうやって笑った鹿島に、堀はますます困った。
 ただでさえ、自分のろくでもなさに絶望して落胆して見限りたくて、何百回殺しても自身を許せるか分からないくらい煮えくり返っているというのに。

 好きだ、と。
 絞り出すように堀は言う。
 強姦した直後の告白、だなんて、雰囲気云々以前の問題だ。なんと世にも最低なシチュエーションであることか。
 それなのに、鹿島ときたらそんな最低な告白に、晴れやかに笑って頷くのだ。




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