鹿島遊は、人の悪口をあまり言わない。周りの人たちに恵まれていて、理不尽を強いる人間も、あからさまな敵意を向けてくる人間も、今まで近くにいなかったのだ。幸運なことだと思う。
「それは、あなたが誰か一人に執着しないからよ」
 そう攻撃的に言ったのは、お姫様の一人だった。
 彼女も、決して悪い子ではない。ただ、付き合って2年だったという彼氏と別れたばかりでイラついてるのだ。
 別れて傷付いた女の子を慰める方法は、全面的に女の味方について、ひたすら君は悪くなかった、と言い続けることだ。
 しかし、運の悪いことに、彼氏は鹿島がいつもつるんでる男友達の一人だった。どちらの事情も知っていたし、双方から相談も受けた。なまじ、詳しく知っていたからこそ、下手にそれが出来なかったのである。
 元彼について、一緒に怒ってくれないのね。と、棘のある口調で、鹿島を責め立てる。
「執着?」
 普段日常生活では到底使わぬ、口馴染みのない言葉だった。あんなに普段から気障な台詞を次から次へと吐き出しているはずの鹿島の口でも、確かにまるでかみ合わない言葉に思える。
 ここで、そんなことはない、と鹿島は言い返すべきか迷った。中学の頃たまたま見た堀に、心奪われ執着してその結果、鹿島は今この学園にいる。
 そしてなんと実は、彼の一番でありたいと、散々足掻きに足掻いて、つい先日ようやく、堀の恋人という甘ずっぱい地位を手に入れたのだ。これを執着と呼ばずになんと呼ぶ。
 しかし、言うのが憚られたのは、堀との交際を隠していたからだ。鹿島的には、先輩の一番可愛い後輩兼彼女は私だと声を大にして回りたいのだが。演劇部の部長という立場を利用して、鹿島を主役に抜擢していると、贔屓に見えたらよくないから、と堀の部活引退まで秘密にしようと決め(られ)た。
 というかそもそも第一、悲しい哉、彼女たちお姫様は、鹿島を友達だと思ってないのだ。彼女たちにとって、鹿島は憧れで、疑似恋愛対象だ。鹿島を大事に思ってないわけではないのだろうが、対等な存在ですらない。これで鹿島に執着しろというのも無理というもの。単に君たちに、そこまでの興味がないんだよ、と、そんなことを言った日には、さらに火に油を注ぐだけだったので、口を固く閉ざしておく。
「鹿島くんは、いつでもそうよ。周りの誰一人からだって嫌われたくないんだわ」
「……誰だって、それはそうだと思うけれど」
「鹿島くんは異常にそうだって言ってるの。たぶんどっかで分かってるんだ、自分が女子として同性を慰めるには、絶対どこかでボロが出るって。だから、女の子としての慰めるんじゃなくて、王子に逃げるのよ」
 それは、確かにその通りだ。彼女に限ってではないけれど、どこかで、女として恋愛相談に乗ったところで大したアドバイスも出来ないし、とは思って、王子で対応していた節はある。
 でも、それが逃げだと評されるとは。驚いて、何も返せず黙り込む。
「でも、そうやって逃げたって鹿島くんが王子で女の子を慰めようったって、そんなの無理なのよ。ーーだって鹿島くんには、ペニスがないもの。完璧に、女の子を慰めるなんてことは、絶対出来ない」
 ーーさらに衝撃的なことを、彼女は言い放った。
 男にあるそれが、完璧に傷付いた女の心を満たすのだと、そう言うのだ。
 この間付き合い始めたばかりの堀が初めての彼氏で、当然、鹿島はまだ処女である。鹿島にはまだ分からぬ、心の仕組みだ。これから先も、満たされることがあっても、満たすことは一生出来ない。

 彼女は今にも泣き出しそうな顔を、どうにか勝ち誇ってみせて、続ける。
「鹿島くんは絶対、完璧な女子にもなれないし、ーー完璧な王子様にもなれないの。どんなにそれらしく振る舞ったってね。出来損ないの、可哀想な人」
 分かりやすい、ただの八つ当たりだ。もしかしたら、明日にはもう悔いて彼女のほうから謝罪してくれるかもしれない。

 しかし、どうしても。王子様にはなれないの一言が、心に引っかかってしまう。






「ーーそんなわけで、手っ取り早くおちんちんを手に入れるために、バイブでも買ってみようかなと思いまして。ただ、やっぱりまだ未成年なのでアダルトグッズは買えないじゃないですか?スマホはちゃんと未成年契約されてるからそういうサイト行けないし、パソコンも家族共用だし。だから先輩がもし持ってたらちょこっと貸してもらおうかなぁって」
「………………………お前の思考回路、一体何がどうなってやがる……」
 今日一日中、鹿島はうわの空で様子がおかしかった。心配した堀がそれとなく理由を聞いたところ、演劇の王子について相談がある、と深刻そうに言い出したので、心底動揺して、部活後、わざわざ部員全員を帰らせてから話を聞いた、というのに。
 途中まで、なんと自分勝手で傍若無人な女なのだ、と堀は確かに憤っていたのだ。
 一体全体、何がどうなったら頭の中でそんな結論に着地するのだろう。
 堀は痛む頭を抱えた。
「ていうか、なんでまず俺が持ってると思ったんだよ…?」
「ええー、先輩むっつりだから、持ってそうかなぁって」
「出来たての彼女と初めてもまだで、誰が用意してるかんなもん!お前の中で俺は一体どんな変態だ!!」
 腹の立つ発言に、思わず手が出た。イターイっ、なんでですかー!、と抗議の声を上げるが、自業自得である。
 というか例え持っていたとして誰が貸すのだ。しかも処女である彼女に。すでに初めても済ませて、性的な興味を持って、おねだりされるならばまだしも。
「……お前、もしかしてその女のこと、エッチして慰めたいのか?」
「まさかぁ。完璧な王子様になれないって言われちゃったので、男になりきるために必要かなって」
 アホな質問だが、そのもしも、の可能性が捨てきれないのが鹿島だ。浮気するなら、相手は絶対女だろう。
 が、さすがに即答で否定され、内心ホッとする。悟られないよう取り繕って堀は続ける。
「なら、考えるだけ無駄だろ。成人映画でもAVでもない舞台の王子と、お前の趣味のためにやってる王子に、文句つけてくるそいつがおかしいんだ」
 舞台としての王子様、と考えるなら、鹿島は一分の隙間なく完璧だ。そして鹿島がプライベートでそう振る舞っているのは決してお姫様たちのためなんかじゃなく、自分の娯楽のためである。
「そういうもんですか?」
「そういうもんだ」
 うーん、と首を傾げながらそう言う鹿島を、堀はごり押しで納得させる。

 何が完璧な王子様、だ。
 その女に鹿島の何が分かる。彼女に、舞台の王子様だって鹿島自身だって否定される道理もない。
 その女はきっと、鹿島を傷付けたかったのだ。いつでも誰にでも能天気に微笑みかける鹿島を許せなかった。勝手な女で、同情の余地もない。
 ただの馬鹿なのか、本能的になのか、鹿島は彼女のそんな浅はかな意図に、傷付くどころか気付いてすらやらない。
 その女のくだらぬ自尊心などは、鹿島の心に擦りもしないのだ。ざまあみろと、堀は鼻で笑い捨てる。


 だがしかし、だ。そんな堀にはちっとも意に介さず、鹿島は至極真剣な表情を崩さぬまま、続けるのだ。

「ーーあとですね、そろそろ出来たての彼氏との初めての一戦に備えておかなくてはいけないかなぁと思いまして。その下準備?も兼ねようかと」
 …………処女の恋人が、セックスに前向きで積極的なのは嬉しいし、感激すら覚えるところだ。頭がいいくせに大概馬鹿なところもこいつの魅力の一つなのだから、と、今まで散々自分自身に言い聞かせてきたのだけれど。

 どこの世界にバイブで初めてに備える処女がいるんだ!というかバイブに先を越されてたまるか死ね!!!!、と、堀はついつい堪えきれずに怒鳴りつけ、再び拳が出たのだった。ああ本当、頭痛い。



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