確かに少し特殊では、ある。
 女と気付かず何度か着替えを共にしていただとか、夏合宿の時うっかり枕を並べて寝ていた、なんて、想像逞しい男子高校生ならば、字面だけで心穏やかじゃなくなるシチュエーションだろう。色気が全くなかったとはいえ。
 しかしそれらのラッキースケベ的な展開を全て差し置いて、『鹿島が王子を完璧に演じきった時』にだけ、そういう衝動に駆られている、というのだ。その条件を満たす女の子が他にいるとも思えないので、分かりにくいし、気が付きにくい癖ではある。
「時に先輩。堀先輩はAVとかエロ本とかエロ動画とかは、見ないんですか?」
 キレる10代よろしく、最近嫌いでもないのに鹿島を殺したくなる、と、公でするのはとても憚られる話だった。一人暮らしの野崎の家で、他のアシスタントがいない日をわざわざ選んで相談したのは、正解だ。野崎も、女の子の佐倉がいなかったので、気まずくなくそう聞ける。さすがに女子の前で話題にしづらい。
「なんだよ脈絡ねぇな。それと今の話と、どこがどうやって繋がるんだよ」
 しかし突然変わったように見えたのか、堀は少し不可解そうだった。それも分からないあなたのほうがよっぽど不可解です、とげんなりしながら野崎は続ける。
「だって堀先輩が、本当、まじでどうしようもないからですよ……」
「……どうしようもないと、なんでエロ話なんだよ。イラついてるなら一回抜いて、賢者タイムに突入しろってか?」
 さっきの結婚でもなんでもしやがれって助言より、ずいぶん理に適っているけど。と、呆れ顔で言った。だから、呆れたいのはこっちである。

 男の性衝動とは、攻撃性・暴力性を帯びている。湧きあがり、抑えきれるものではない。だから最低でも週に2、3度は抜いて、文字通りガス抜きをしてやらねばならねば、身体と精神に暴力性を溜め込む。プロボクシング選手が前日にセックスを控える理由の一つにそれがある、なんて話があるほどだ。
 ーー男のそれは、きっと殺意とも酷似しているのだろう。堀は、鹿島に正しく欲情している。健全で、真っ当に。

 野崎は隣で作業をする堀を盗み見た。野崎の投げやりなアドバイスが気に入らなかったのだろう、ずいぶん不満気なまま、作画作業を再開している。
 その姿は、どこからどう見ても、どこにでもいる、普通の男子高校生だ。以前野崎相手にでも人並みに猥談だって当然したことがあったし(足への並々ならぬ執着を語った時は、なんならちょっと引いたくらいだった。)、性欲がないわけでもない。話を聞く限り、女の子だと堀に一番近しい存在だろうし、まだライク的な意味でも鹿島のことが好きだろう。しかしどうして、鹿島を性対象として認識しないのだろう。恋愛対象に入れようとしないのだろう。
 ひょっとして、認識しないのではなく、深層心理で、したくない、とでも考えているのでは。理想の王子様を、ただの女として見るのが心のどこかで分かっていて怖いのだろうか。

 性的欲求から始まる恋があってもいいと、野崎は思う。少女漫画の男なんて幻想で、現実の男の行き着くところは、結局のところそこなのだ。でも男は単純な馬鹿なので、体の思い込みだけでも、いつかきっと心は追いついてくる。
 しかしまだ、それを性欲だとちっとも理解出来てない人間を、やたら焚きつけるわけにいかない。
 だって野崎は少女漫画家なのだ。いつでもどこでも、女の子の味方である。いくら鈴木に匹敵するようはイケメンの鹿島だろうとも、正真正銘女の子相手に、思うがままその凶暴な性的欲求を押し付けろ、なんてアドバイスはとても出来ない。

 どうかさっきの平和的解決でもエロ話でもなんでも、少しでも心に引っかかっていてくれたら、ふとした瞬間に恋を自覚してくれる日もくるかもしれない。
 そんなどうしようもない希望的観測に賭けて、野崎はこれについてひとまず考えることを放棄し、目の前の原稿に取り組むのだった。



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