鹿島と、堀先輩とが、なんとめでたくお付き合いを始めた。
 なんでも、堀がずっと鹿島へ思いを寄せていて、ついに先日鹿島へと告白し見事オーケーをもらったそうなのだ。学年の王子様に王子様が現れた!、と浪漫学園はその日上から下まで大騒ぎだった。

 この、そうなのだ≠ニだった≠「う部分。大変遺憾である。
 野崎が少女漫画を生業として、二年が経ったわけだが、これまでの学生生活で、漫画に使えそうな身近のネタはもちろん、全く見ず知らずの別クラスの恋愛事情まで徹底的に取材をし、全くネタにならなそうな若松と瀬尾まで無理矢理作品として昇華させるほどの余念の無さだったというのに。野崎にだけは長年の片思いを伝えられておらず、告白も締め切り前で野崎が学校を欠席した日を狙ったそうなのだ。
 なんでわざわざ締め切り前で……!というか、なんで今まで言ってくれなかったんですか!?、と憤慨した野崎が問いただせば、お前絶対漫画にするんだろ?何が悲しくて自分の片思い作品の背景を描かなきゃいけねぇんだ!と言い返されたのもつい先日のことだった。


 さて、今日こそは存分に惚気てどうぞ、と、アシスタントのため自宅を訪れた堀を、野崎はメモ帳片手に正座で待ち構えていた。その姿に堀はいよいよ諦めて、ぽつりぽつりと今までの経緯と付き合ってみてからを話してくれた。

 一通り、野崎も横で見てきたのと寸分違わぬ色気のないこれまでの二人の過程と、告白の返事も、ひゅーまじすかー!、という軽い答えだったこと。今のところはまだ何の情緒もなく付き合っているという話を聞いてみてから。
 野崎は好奇心を超え、ちょっと心配になってきた。
「……なんだか、はたから聞いてると、なんだか鹿島の好きは、まんまご主人様に懐く犬って感じで、とても堀先輩に気持ちが追い付いてない、って言う風に見えますけれど……。先輩はそれで良かったんですか?」
「は? 何が?」
「だって、鹿島の気持ちが、まだちゃんと恋になってないのに。いざ付き合おうってなったら、いろいろ辛くありません?」
 面白いネタになれば、という気持ち九割だが、野崎なりに、堀を心配しているのも本当だ。堀はちょっとだけ眉を顰めって答える。
「……こういう時、少女漫画の王子様なら、どうするもん?」
「友達以上恋人未満状態をキープさせて、女がちゃんと振り向いてくれるのを待つ、のがやっぱりセオリーですね」
「だよなぁ。まどろっこしいな、少女漫画って」
「……言います、それ?」
 現役少女漫画家を目の前にしてよく言えるものだ。しかし、野崎も現役男子高校生として、男側の、堀の気持ちも分かる。少女漫画の男は大抵回りくどいし面倒臭い。
「男はアホで単純で、下半身主体で物事を考えますから。ちょっとムラっとしたぐらいの、大して鹿島を好きでも男が告ったとしても、あいつはオーケー出した可能性もあったわけですよ。それと同レベルって、何か思うところはないんですか?」
 それでも根気強く続けた野崎だった、が。自信満々に、明後日な方向に堀は答えた。
「男の安い下心を見抜けない馬鹿なわけあるか、うちの鹿島に限って」
「……いや現に、見抜けてないじゃないですか」
 まさに今野崎の目の前に、下心ありありの男がいる。
 十七歳の健全な男子が、ただの純愛(笑)だけで告白したはずがない。現に、堀の熱すぎる足へのこだわりは、それまで恋バナなんてしたことなかった野崎ですら何度も耳にしている。いくら鹿島が聡いとは言え、その辺をきちんと理解して付き合いを了承したか、と聞かれるとあやしいところだ。
 そういう女の子が後輩以上の好意≠ゥら始まってきちんと埋められる齟齬だろうか。

 そうやって心配する野崎に、堀はようやく真剣な顔を作って言った。
「……なぁあいつさ、イケメンだけど、一応美人分類だろ? 中学から周りも今みたいにずっと男ばっかで。勘違いの馬鹿男ももちろん、結構仲良い友達に告られたりとかあったらしいんだよ。それは今まで全部断ってきたのに、俺は断られなかった。――これって、結構望みあると思わねぇ?」
 ――なるほど。大変シンプルでよろしい。
 本能的にか無自覚的にかは分からないが、堀ならば嫌ではない、と。つまりはそういうことだ。
 男は単純でバカだ。それに鹿島が望みを持たせるような隙を与えてしまったというわけである。これは確かにとまれるものもとまれないなと野崎は思った。

 それにしても男の下心と無自覚にそれを許したヒロインの話なんて、清純派な自分の作風とは合わないな。いやだが待てよ、ボーイッシュで無自覚な女の子が、ワイルドな王子様の出現によって、だんだん可愛らしいお姫様になる。というベターな王道展開に寄せていけば。まだこの辺もアリだな使えそう。……そう考える野崎を尻目に、堀はぼそりと続けた。
「にしても、気持ちが追いついてないから待つ、だなんて、俺にゃ全く理解出来ねえよ、王子様。本人に自覚がなかろうが、そんなことも分からない可愛い馬鹿だろうが、――俺のものになる≠チてことに頷いたんだぞ。一体何を躊躇うってんだ?」
 ……これの、一体どこが王子様だ。ワイルド通り越して、暴君だ暴君。


 全く、どこまでも漫画のネタになってくれない人だな。と、野崎は内心自分勝手なため息を吐いたのだった。



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