※ライジングネタバレ注意。
※でも時間軸映画始まる二ヶ月前くらい。




一般市民からおばさんが名前呼び捨てにされてて、ちっとも面白くないバニーのはなし





 二部リーグは、当然扱う事件内容は小規模だ。スリや引ったくり、物取りなど。
 一般市民の避難が必要ないので、冷やかし含めての見物客が、比べ物にならないくらい増えた。
 そのため、自然と市民との距離感がずいぶん近くなった。一部ではテレビ越しにしか聞こえてこなかった市民の声も、直接耳に入ってくる。
「ありがとうバーナビー!ーー虎徹!」
「だから、"ワイルドタイガー"!だ!」
 こうやって、二部になっても変わらず温かく、惜しみない声援がもらえるのもありがたいことだ。
 しかしながら、そうやって飛んできた無邪気な声は、バーナビーをまたかと苛立たせた。



 かの事件で、実名と顔を明かされた虎徹は、シュテルンビルト中どころか、ヒーローの冤罪事件として海外でもトップニュースで扱われたほどだ。
 更には、精神操作した他のヒーローたちに彼女を襲わせ、世界に名だたるトップ企業のCEOが黒幕だったのだ。歴史上類を見ないほど大犯罪の、被害者である。彼女の正体を知らぬ者は、少なくともこの街にはいない。
 しかしながら、それでもずっと現役ヒーローでいたい。まだこの街のためにがんばりたい。と言った彼女に、市民の多くは胸打たれた。
 分別のある大人たちの多くは、虎徹を敬い気遣い、公然の秘密として、彼女の正体を見て見ぬ振りをした、けれど。
 やはり、年端も行かぬ子供たちには、理解の追いつかない話だった。
 前よりずっと身近になったワイルドタイガーを街中で見かければ、子供たちは面白がって本名で呼びかける。虎徹も虎徹で、簡単に釣られて、タイガーと呼べ!と反射的に叫び返してしまうため、ますます子供たちの悪戯心をくすぐった。すっかり悪循環だ。

「ーー仮にもジェントルなら、女性にはMs.を付けなさい!」
 本名で呼ばれることについて、虎徹は嫌がってはいるが、本気で怒ってはいない。だってそう呼ぶのは大半が小さな子供たちだ。(たまに悪ノリした馬鹿なハイスクール生もいたが。それも若気の至り、と虎徹は流している。)
 なので、ついに耐えかねたバーナビーは、はやし立てる悪ガキたちを捕まえて、寄宿学校の教師よろしく、そうやって叱りつけたのも記憶に新しい。
 ……我ながら、これは馬鹿な失言だった。
 だが、この状態は何にも面白くない。
 いくら子供とは言え、こちとら未ださん付けで呼んでいるというのに、その辺のクソガキが意図もたやすく虎徹と呼び捨てにしているのはちっとも面白くない。
 案の定、隣でそれを聞いていた虎徹は、今そういう話じゃねえよ!と小突かれて、更には、
「第一、お前人を散々おばさん呼ばわりしておいて今更何言ってやがる?テメエの"Old broad"(クソババア)よりあいつらのが千倍はジェントルだボケ!」
 そうやって容赦無く突っ込まれてしまえば、バーナビーにはもうこれに関して何も言えなくなってしまった。
 二年半前の自分を本当に呪いたい。



「コテツ!」
 歓声に混じって聞こえた彼女の名前に、二人同時にそちらへ振り返れば、小さな男の子がお母さんと一緒に駆け寄ってきた。
「だからタイガーって……!ーーって、おお!ダミアーノか!」
 先週、橋の欄干に登って降りられなくなったところを虎徹が助けた少年だった。まだ五つになったばかり、だったろうか。
 今日たまたま二部が出動した事件現場あたりを通りがかったらしい。
 先ほどの捕り物を見ていたのかすっかり興奮した様子の母親は、虎徹に何度も頭を下げながらお礼を言った。
「ほら、ダミアーノもお礼は?」
「うん!ありがとうコテツ!」
 お利口さんに礼儀正しくそう言えたダミアーノに、虎徹もこの上ない笑顔で答えた。しゃがみ込み視線を合わせて、ぐしゃぐしゃと頭を撫で回す。
「おう!……っていうかその呼び方!ワイルドタイガーって呼べって言ったろう?」
「あ!そうだ、パパにも怒られたんだ。"会ったばかりのレディーをいきなり呼びすてにするなんて!"って!」
 ごめんなさい、とあらぬ方向に謝った少年に、虎徹は一瞬戸惑ったようだった。
「へ?いや、まぁ、うん、そういう意味じゃないけど……?」
「だから、パパにちゃんとした言葉をおしえてもらったんだ!ぼく、たくさん練習したの!きいてくれる?」
 しかしダミアーノはたどたどしくも、胸を張って得意げにそう続けて。
 自分の娘の幼少期と重ね合わせたのか、母性がすっかり刺激されたようだ。虎徹は目尻を下げて、ますます笑みを深めた。
「へぇ〜!わざわざ俺のために練習してくれたのか?エライなー!聞かせて聞かせて!」
 そうして、虎徹の言葉に気を良くしたダミアーノは、屈託のない満面の笑みで虎徹の手を取って、ーーヒーロースーツの上からだったが、そのまま手の甲にキスを落とした。
 ギョッとするバーナビーを尻目にもせず、小さなジェントルは、やはり舌足らずに続ける。

「"Hi, my sweet!I'm into you!Mind if I call you Kotetsu?"(こんにちは可愛い人!ぼくはあなたにすっかり夢中だよ!あなたをコテツってよんでいいかな?)」
 


 ーーF○cking little brat!!!
 そんなヒーローには似つかわしくない、口汚い言葉は、必死の思いで心に留め、決して口にしなかったはずだ。が。

 何故か、そのバーナビーの心の声が、翌日のゴシップ紙の見出しとなり、ダミアーノと虎徹、それを鬼の形相で睨んでいるバーナビーの写真が添えられて、一面を飾ったのだった。



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