俺は、幽霊が見える。

 リヴァイがそんな厨二病、もとい、衝撃的なカミングアウトをしたのは、二人が紆余曲折を経て正式にお付き合いを始めたばかりの頃だった。
 いきなりそんな電波属性を付け足されても。人類最強でチビで元王都のゴロツキで、これだけでもまだお腹いっぱいなのに、どうしてさらに設定上乗せしてくるの?、と戸惑うハンジを置いて、実を言うと、地下街にいたころ、それで生計を立てていた。なんだかんだでこの手のことは需要があって依頼は尽きなかったし飯を食うには困らなかった。などと、かっとんだところまで話が進んでいた。
 ハンジは内心、戸惑う気持ちもそこそこに、絶賛クソワロwwwwwwwwwwww状態だった。が、しかし散々デリカシーのないと周りから言われ続けたハンジでも、さしも付き合いたての、ラブラブイチャイチャ期にいるはずの恋人を、腹を抱えて笑い転げるのは違うだろう、とは理解していた。ので、『わ〜そうなんだっ☆幽霊見えちゃうなんてリヴァイってばすごい〜!』、とがんばって精一杯の愛想を振りまきながら返した。それなのにリヴァイときたら、馬鹿にしてんのかテメェ、と容赦無く蹴りが飛んできて、出来たての恋人にちょっとでも取り繕う気がないのか、と応戦したのものだった。
 最も、ハンジもすぐ面倒くさくなり、寒気がする、や、なんだか視線を感じる、等々、その手の話をされても、はいはいワロスワロス、と流すようになり、最初だけ優しい女・典型的ディアゴ系だったのであまり人のことは言えない。



 ハンジはゴリゴリの理数系のリアリストだったので、論理的且つ、自分の目に見えるものしか信じない。巨人もギリギリだ。実際目にして、目の前で何十人と人が食われ、その脅威を目の当たりにしているので、これはもう信じるしかなかった。
 そんなわけで、ハンジはリヴァイがいくら愛しい恋人だとしても、そのアイタタ発言は丸々、一ミリたりとも信じてなかったのだ。

 ーーそう、こうして実際に死んでみるまでは。

 調査兵団所属だと、大体がそんなものだが、ハンジの最期も笑えるほどあっけなかった。15m級の奇行種(お目目がくりくりでソーキュートだった)が、ちょっと不規則に腕を足を一振りしただけで、何人もがただの物言わぬ肉塊になる。
 兵団内でも指折りの実力者であるハンジでも、これにはひとたまりもなくあっけなく死んだ。
 せめてもの幸運は、遺体がきちんと壁内にまで運ばれたことだろうか。もし壁の外に置き去りだった場合、ハンジもここまで帰ってくるのがずいぶん大変だったろう。心臓が止まり、巨人に砕かれて全身ボロ雑巾、臓器もそろそろ腐り始めていた自分の遺体をじっくりと眺めながら、ハンジはそう思った。

 ハンジの意識は、まだこの世にある。
 まだ世間に公表してない巨人の新しい仮説や、巨人への鬼畜三点攻め・24時間耐久拷問から得た知識、まだ愛らしくてプリティーな見た目で狂ったように虫の標本を作って両親からもドン引きされていた幼少期から、リヴァイ電波騒動も、最期はくびり殺されたという記憶も、確かにまだあった。だけれど、見慣れた体は、ハンジの意識を離れ、そこにぐたりと横たわっている。
 概ね、ハンジが本や人から得た知識の"幽霊"とやらに、さほど変わらない状態に、気が付いたらなっていた。立体機動なしで、飛ぼうと思えば少しだけ地面から浮いたし、何より、手のひらを見てみれば向こう側が透けて見える。
 これは幽霊を幽霊として新たに定義出来るだろう。早速考えをまとめるために紙とペンが欲しかったが、このスケスケのミエミエの手では、満足にペンを持つことすら無理そうだ、ということに気付いてハンジはがっくり肩を落とした。


 さて、幽霊ならば幽霊らしくこの世に何か未練があるとしたら、(ペンを持てなくなり、研究が出来なくなった今、大変、泣く泣く、非常に残念なことながら、一番の心残りである巨人は除外された)、件の恋人のリヴァイだった。
 全て聞き流していた厨二設定も、ここにきて俄然信憑性が出てきた。これは一度会いに行って話を是非聞きたい。……最も、リヴァイの幽霊のことについては聞いた当初から散々馬鹿にしてきたので、素直に教えてくれるかどうかは分からないが。
 『マイダーリン、生前は一ミリもこれっぽっちもあなたを信じてなくてごめんね』軽く舌を出してウィンクしながら両手はアゴ辺りで合わせてぶりっ子ポーズ。よし、とりあえず、謝罪はこれでいこう。
 心の準備もばっちりだし、ハンジはリヴァイを探すために、とりあえず、と辺りを見渡した。なんとなく、自分の遺体にそのまま着いて来てしまった結果、どうやら霊安室にいるようだ。それなら 兵舎まで遠くないし、リヴァイの部屋もすぐだ、とハンジは嬉々としてドアを通り抜け、部屋から出て、歩き出した。幽霊なのに、歩く、で当たってるのかどうか分からないが、他にいい動詞が浮かばないので、歩くにしておこう。
 幽霊というものは、どこでもすり抜け、変幻自在、空を飛んでどこへでも好きな場所へひとっ飛び、かと思いきや、そうでもない。先ほど発見した通り、 空も少ししか飛べないし、通り抜けも何故かドアが出来て壁が出来ない。
 幽霊も幽霊なりに色々と制約があるようだ。ますます興味深い研究テーマだな、とワクワクしながら歩を進めた。

 いつでも規則正しい生活を送るリヴァイは、予想通りこの時間には自室にいるようだ。ドアの隙間からわずかに明かりがもれている。
 さっそく中へと入ろうとしたところ、後ろから声をかけられた。
「やあ!あんたも、幽霊かい?」
 振り向くと、やけにおどろおどろしい、半透明のハゲ散らかったおっさんがいた。目が窪んで、頬もこけ、口元には吐血のあとが残っていたが、やけに陽気で快活なおっさんの幽霊だった。
「彼の噂を聞いて来たの?かなり有名だからなぁ」
「有名?この部屋の彼が?」
「ああ。なんせ、俺たちみたいなのが見えて話せる奴なんて、滅多にいない」
 やはり、リヴァイの設定は本当だったようだ。しかも幽霊界で噂になるほどの。人類のみならず、幽霊業界でも有名人だったのか、と、新たな電波属性が正式追加されたことにハンジは内心感心した。

 さあさあ早く行こう!、と、おっさんに手を引かれるまま(幽霊同士だと触れられるようだ)、ハンジはドアをするりと通り抜けて、いつもの見慣れたリヴァイの部屋へと入った。
「………めんどくせえ、また増えやがったか」
 部屋の主は、横目でこちらをちらりと見て、イライラと舌打ちをしながらそう言った。
 数日ぶりの、リヴァイだ。少しだけ目の下のクマがひどくなっていたが、まずまず元気そうだった。いつものように机について、報告書を仕上げている。
 まずは、自分の死が人類最強の心を大きく乱さなかったことに、ハンジはホッとした。お互い酷だが、どちらが先に死んでも決して仕事に支障の出ないようにしよう、と付き合う時に決めていた。兵士長と分隊長という立場柄、純文学のように、心を投げ打って悲しむようでは、到底人類の未来を背負う資格がないのだ。

 リヴァイ自身の様子がそんなに変わりないようで安心したが、部屋の様子が様変わりしていてハンジは驚いた。もちろん、塵一つない綺麗な部屋ではあるがーー10人近くのおどろおどろしい幽霊が、部屋中をひしめいていたのだ。
 生きていた頃、当然のようにこの部屋にたむろしていたハンジだが、もしかしなくても、毎度毎度この数の霊に囲まれていたのだろうか。ずいぶんシュールな絵面だ。

 霊たちは恐ろしい見た目とは裏腹に、規則正しくずらりと一列になって、リヴァイの前に並んで待っていた。どうやら、一人一人の迷える魂たちの悩みを聞いていたのだ。
 恋人の心優しい一面に、ハンジは中々感動した。見ず知らずの幽霊たちの、この世に残った未練を親身に聞いてあげて……、というわけではなく。
 書類の片手間に話を聞いて、適当にあしらうだけだった。
「隣村のジャックという青年と最近ようやく恋仲になったのに、事故にあってしまった。このままでは死んでも死に切れない」
 と、真っ青な顔で黒い髪を振り乱しながら訴える女の子の幽霊へは、
「俺が知るか。墓場で活きのいい男の死体でも探せ」
 という、身も蓋もない解決アンサーを出し、
「妻の浮気相手に刺された。俺は被害者なのに、なぜ死ななくてはならない」
 と、腹から血を流しながら、鬼の形相で恨み辛みを訴える幽霊には、
「テメエがそんなクソほど女々しい野郎だから、浮気なんざされんだろ」
 という、驚きの辛口判定のアドバイスをする、等々、一人残らず見事な一刀両断だった。
 これでよくコイツ幽霊から呪いとか受けないな、と内心ヒヤヒヤしながらリヴァイの人生相談ならぬ、死後相談をハンジは見ていた。

 いよいよ、ハンジの番だ。ドキマキしながら、リヴァイの前へと進み出た。
 この部屋に来るまでに心の準備はしていたつもりだったけれど、今の今までハンジのことを総シカトって、呆気なく死んだ自分に怒り心頭なんじゃないだろうか。
 そのハンジを無視して、もう今夜はいいだろ、と、リヴァイは苛ついた様子で机に向き直った。
「おおい、まだもう一人、ここに若い兄ちゃんがいるよ。こいつの話も聞いてやってくれよ」
 ハゲおっさんは、ハンジを男だと思ったらしい、そう言ってハンジのことを指差した。タッパもあって、女性らしい仕草のカケラもないハンジだったので、男に間違われるのはそんなに珍しいことではなかった、のだが。
「……そこに、まだいるのか?」
 ハンジのいる辺りを、リヴァイはじっと見た。でも、視線がちっとも合わない。
「ーー悪いが、俺にはもう何にも見えんし、声も聞こえん」
 その言葉に、ハンジはぽかんと口を開けた。
 見えない?私だけ?混乱するハンジを置いて、リヴァイは変わらず冷たく突き放すだけだ。
「大体、俺に見えないってことは、この世に未練がない証拠だ。勝手にさっさと成仏しろ」
 確かに、こんな職業だ、いつ死んでもいいような心構えはしていた。死んだ直後だって、もうこの世に何も未練もないと、思っていた。でも。
「お…、い、リヴァイ、冗談だろ、なぁ……?」
 ハンジの言葉に、リヴァイは何にも答えなかった。黙々と、机の上の書類を片付けている。
 おい!、と声を荒げながら肩に触れようとしたが、ハンジのスケスケの手はするりと、リヴァイの身体を通り抜けた。
 死に、初めて指先から凍りつくような絶望感を覚えた。ゾッと身震いをする。
 リヴァイと、もう二度と言葉を交わせない。触れられない。そんな当たり前のことを、今更思い知らされた。
「こっち、向けよ……!」
 ボタボタと、涙が溢れて、もうないはずの心臓がひどく痛んだ。
 リヴァイが好きだ。とても好きだ。それを伝える手段が、もうなんにもないのが、ただ悲しくて、苦しかった。




「と、いう夢を見た」
「なるほど。そうか。死ね」
「真面目な話!真面目な話なんだよ、こっちは…!真剣に聞けよ!」
「………なんで気持ち良く眠ってたところに、ボディーブローで起こされて真剣に話を聞いていられると思うんだ…?」
 窓を見れば、カーテンの向こうがほんのり赤みを帯び始めている。ようやく日が昇り始めた、ということはまだ起床時間まで一時間以上あるだろう。
 いきなり全体重でリヴァイの上にのしかかってきて、当然怒り狂って、テメエこの野郎、と反撃に出ようとしたけれど、ぐっちゃぐっちゃの泣き顔のハンジがいた。そのまま力の限り抱きついてきたものだから、少し慌ててどうかしたのかと理由を聞けば、これだ。クソほどどうでもいい理由に、怒鳴り散らす気力もすっかり失せてしまった。
「何にも触れない、誰にも声かけられないってどれだけ辛かったと思う?本当に、あんなの二度とごめんだよ!」
「知るかボケ。聞いてねーよ」
「お前、私が厨二設定信じなかったことの仕返しか!大人気ないんだぞ……!」
「夢に、仕返しもクソもねえよ……」
 幽霊だなんだとあんまりに馬鹿らしい話だ、とあきれ返るリヴァイは全くお構いなしに、ハンジは泣きに泣いたブサイクな顔のまま、ぐずくずと笑った。
「触れられて、声が出せて、それがあなたに伝わるって素敵だねえ……!大好き、リヴァイ大好き、電波でも愛してる……!」
 テメエのほうがよっぽど電波だよ、とリヴァイはげんなりしながら思ったが、愛しの恋人がぎゅうぎゅうと力の限り抱きついてくるのには、なかなか悪い気がしなかったので、そのまま好きなようにさせておいたのだった。



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