※※30代バニー×40代おばさん。結婚してバニーとの間に子供もいる。
※※つめさんのところで夏インテにて販売予定のにょた本に寄稿した話の続編です。
※※本が完売された、とのことでしたので、全文載せさせていただきます。こんな素敵企画に参加させていただきまして本当にありがとうございました。



 虎徹と籍を入れてから、もう三年が経つ。彼女の左薬指にはその証として、バーナビーとの結婚指輪が一つだけ、嵌まっていた。彼女の前の夫との結婚指輪は、今は夫婦の寝室にあるサイドテーブルの引き出しの中に、大切に保管されている。
 プロポーズの指輪を渡した時、友恵の指輪を外さなくてもいい、とバーナビーは言った。彼が虎徹の中でどれだけ大事な人間か、そして虎徹がどれほどその指輪に執着してきたかを、知っている。友恵に勝つつもりもなければ、張り合うつもりも毛頭なかった。ただこの世の男の中で、彼女の一番が自分であればそれで満足だ。
 だけれど虎徹は照れ臭そうに首を振って、指輪を外してくれた。もし再婚するなら、これを外したいって思える奴と結婚しようって決めてたんだ。それぐらい、お前のことを愛してるよ。
 それは虎徹の中で、最大限の愛情表現だった。その行為と言葉が、どれだけバーナビーの心を震わせ高揚させただろう。感極まって人目憚らずに抱きしめてキスした。
 しかし、バーナビーとこの妻と間には、どうしようもない隔たりがあった。戸籍上で問題なくがっちりと結ばれていて、公私ともに支え合い、お互いに深く愛し合っていて、バーナビーと楓との関係も良好、二人の間には二歳になったばかりの子どももいる。誰の目から見ても順風満帆で幸せな家族そのもの、今も、リビングのソファーに仲良く隣り合わせで腰かけているにも関わらず、たまに、ふと思い出したかのように、齟齬が浮かんでくる。
「怒ってるんですか?」
 バーナビーは今、口元がにやけるのを我慢して、不可解な顔を作るのがやっとだ。
「怒ってないよ」
「でも、不機嫌だ」
「久々のスッパ抜きだし、なぁ?分かっちゃいるけど、やっぱ、面白くはないというか」
 バーナビーの手元にあるゴシップ紙には、『BBJ・深夜の高級クラブ通い!ヒーロー界一の愛妻家がついに浮気か?』との記事が一面に踊っていた。引き伸ばされて不鮮明ではあるが、バーナビーがホステスの女性と店先で別れを惜しんでいるような写真付きだ。
 朝からこの記事のせいで、マンションの前には大量のマスコミが押しかけて来た。早々に楓と赤ん坊はシッター宅に避難させることが出来たが、会社にも多くの記者が湧いているので、止む無く二人はロイズから自宅待機を命じられていたのだ。
 確かに、バーナビーはこのクラブの常連である。だけれど浮気も何も、そのクラブはネイサンの経営するお店なのだ。妊娠するまではもちろん虎徹も常連客だった。まずあり得ないが、万が一億が一、もしもバーナビーが浮気しよう、と考えるのならば、まず、あのネイサンのお膝元・目が光っているところでつまみ食い、だなんて愚かな真似は絶対にしない。
 この日は、そろそろ夫婦揃っていらっしゃいな、とオーナー直々にお誘いを受けて本当は二人で行くつもりだったのだ。しかしシッターが当日急に都合が悪くなり、仕方なくバーナビー一人だけで来店した日だ。この写真も、ただ角度が絶妙だっただけで、実は奥にまだ数人、他の客がいる。このホステスは、その見ず知らずの数人のテーブルに付いていた子だった。たまたまバーナビーとその数人の帰宅のタイミングが被り、それを見送るためにこの女性が店の外まで出ていた。それだけである。
「…んだよ、ずいぶん嬉しそうにしやがって」
「分かります?嬉しいですもん」
「浮気者め」
「違いますよ。あなたがちっとも浮気を疑ってないくせに、少しでも妬いてくれているから、です」
 虎徹とのお付き合い当初から、当然の如く世間からは大きなバッシングがあった。今をときめくシュテルンビルドの王子様と、片や、十四歳年上・寡婦で子持ち・賠償金だらけ・能力も一分しか持たないお荷物ヒーロー。まったく釣り合いが取れていない、とゴシップ紙にあることないこと書かれたものだ。
 ワイルドタイガーは希代の悪女、バーナビーは熟女趣味だ、企業イメージの結婚で他所に若くて美人な愛人がいる、果ては実はゲイでその偽装のために結婚した、とまで。
 そういう記事が出る度、虎徹は黙ってただ傷付いた。
 お前には絶対に俺より相応しい相手がいる。これは一時の気の迷いだ。俺なんかは遊びでいい、と頑なに、恋人だったバーナビーとは一線を置いていてあの頃。
「日に日に俺が、嫉妬深〜いババアになってるのの、一体何が嬉しいんだ…。おばさんどころか、そろそろ初老入りかけだぜ?」
「ええ。初老に片足突っ込んでても、です」
 それだって、結婚前から耳タコだ。結婚したって俺はあっという間におばあちゃんになる。もしかしたら寝たきりになって介護が必要になるかもしれない。そういうこと全部考えてから結婚だのなんだのほざけ、と散々彼女から言われたものだった。
 俺なんか、と自分を卑下して傷付いて勝手に遠ざかっていたあの頃と比べて、大した信じられない進歩だ。それが、たまらなく嬉しい。
 手元の新聞を脇に置いて、バーナビーはいかにも真剣な表情を作って、虎徹へと向き直った。
「いいですか虎徹さん。あなた、自分が寝たきりにでもなったら、もう最後だと思ってください。例え介護士であっても、あなたが他人に触られるのを僕が許すと思います?虎徹さんの側にずっといてお世話が出来る大義名分なんて与えられたら、僕は喜んで、1ミリたりとも、ひと時たりとも、あなたから離れませんよ?」
 虎徹との齟齬を、こうして確かに埋められきている。それが、堪らなく嬉しい。
 バーナビーのとびきりの愛の言葉に、虎徹はひくりと口元を引きつらせた。
「…相変わらず、愛が重いぜバニーちゃん」
「嬉しいくせに」
「お前、いつからこんな可愛くなくなったんだよ…」
 ブスくれて虎徹は睨みつけているけれど、バーナビーは余裕でさらりとかわしてみせる。
「なんですか失礼な。僕はいつだって、あなたのリル・バニー(可愛い兎ちゃん)ですよ?」
 ちっとも可愛くねえ!と、虎徹が真っ赤な顔で嘆いたものだから、バーナビーはとうとう我慢出来ずに、にやりと笑うのだった。





 ヒーローTVは、実はそれまでずいぶん厳粛な番組だったのだ。
 凶悪な事件を扱う以上、基本的に規律正しい番組作りを崩してはいないが、現在のようなスキャンダラスでエンターテイメントの要素を孕んだのは、やはりバーナビー・ブルックスJr.の登場からだろう。
 親の仇のため、という正当な理由があったが、犯罪者からの報復も、未だ根強いNEXTへの差別を物ともせず、顔出しヒーローとしてデビューしたバーナビーは、一躍世間の話題をかっさらっていった。
 そしてその相棒である、ワイルドタイガー。
 女だてらに十三年も第一線で活躍はするベテランヒーローは、不幸にも、とある事件で冤罪を着せられ、指名手配犯として顔と実名が世間に公表されたことがある。
 そしていくら情報操作と記憶改ざんされたとはいえ、マスコミはこぞって彼女の生い立ちや経歴まで面白おかしく報道したのだ。あの事件ではアポロンメディアと同じくマスコミ各社へ批判が集まった。
 この事件からゴシップ紙だろうが、タイガーのプライベート時の写真を掲載しようものならば、こぞってバッシングを受け、最終的には回収騒ぎにまでなる、というのが通例である。ーーしかし、あくまでそれは、プライベート時は、の話である。
 バーナビー以外のヒーローズと比べれば、格段にワイルドタイガーはゴシップ紙の売上に貢献してきた。
 なにせ、件のバーナビーと、十四も年上のワイルドタイガーがお付き合いを経て、結婚して、一時期は産休を取り、子どもまで産まれたのだ。こんな美味しそうなネタを、ゴシップ紙各社が見逃すわけがなかった。
 中間発表を控え、ポイント争いがますますデッドヒートしてることにも注目するべきだったが、視聴者の今夜の一番の関心どころは、なんと言っても、一昨日に浮気報道が出たバーナビーだろう。
 先ほど、バーナビーとタイガーでもうすでに一軍と二軍に分かれていているのだが、相変わらず鮮やかな連携で犯人を確保した。見事な逮捕劇だったにも関わらず、ブスくれた顔でヒーローインタビューを受けるワイルドタイガーに、世のゴシップ記者は舌なめずりで喜んだ。
 なにがなんでも今日は二人から浮気に関するコメントをもらいたい。ブスくれたタイガーの画が撮れた今、マスコミ用の取り繕って当たり障りのないコメントさえもらえれば万々歳だ、あとはいくらでもこちらで記事は書ける。
 レポーターの一人がウズウズとした調子でいきなり切り込んだ質問をした。
「タイガー、今日はご機嫌ななめだねぇ?やっぱり、一昨日のバーナビーの浮気のこと?」
「いや?こいつとの賭けに負けたんだよ、どちくしょー」
「賭け?っていうと?」
「おう。お前らが自宅に張り付いてたおかげで、暇で暇で。子供たちもよそに預けちゃったし、二人でトランプにしけこんでたってわけ」
 あっけらかんと言うタイガーに、二人を取り囲んでいた報道陣は面食らう。
 ーートランプ?あの大々的な浮気報道している最中に?そんなのん気なことを?
「ポーカー?それともブラックジャック?」
 それでもすぐさま持ち直したのはお昼のワイドショーの顔、芸能レポーターとして有名な男だった。この男はいつでも際どい質問を芸能人に投げてお茶の間を湧かせている。周りのレポーターもその質問に慌てて身を持ち直した。
 そうだ、ひょっとしたら、賭けに勝った代わりに浮気を帳消しにしてくれ、とでも言い出しているのかもしれない。そうであってくれ、とマイクを二人へ向ける、ーーが。
「いんや、一休さんって分かる?」
「イ、イッキュウサン?」
「なかなかエキサイティングなゲームですよ、イッキュウサンは…」
 神妙な声で右手を押さえながらそう言ったバーナビーに、レポーターと取材記者は慌てた。このままはぐらかされては困る、どうにかして話題を修正しなければ、と更に直球の質問をする。
「それにしてもタイガー、旦那さんにこれだけゴシップがあったら、ちょっとは不安にならないの?」
「この男が、よそで浮気してくるような甲斐性があればなぁ…。もっと色気が出て、もう一段階いい男になれると思うんだけど」
「へぇ。どのクチが言います、それ?これ以上、僕がモテモテになったら困るでしょ?」
「残念。俺はもっとワイルドな男が好きなの」
 その言葉をバーナビーは余裕で笑って受け流す。
「さぁタイガーさん。約束でしょ?」
 にっこり笑ってそう言うバーナビーに、ええい悪魔め、とやけくそに叫んで、カメラに向かって右手を高々と上げてみせて。
「ーー宣誓!私、ワイルドタイガーはっ!バーナビー・ブルックスJr.がスケコマシだの熟女趣味だのゴールドステージの種馬だの世間から色々ぼろくそに言われていても!」
「待ってください、ゴールドの種馬は今あなたが作ったでしょ?どうしてそういうことを生中継で言いますかっ!」
「ええい、うるせえっ!細かいところにいちいち突っ込む、全然ワイルドな男じゃないにしても!とにかく、このバカ兎を愛しています!」
 呆気に取られる報道陣を置いて、そのままバーナビーの腕を引っ張り、頬にキスをした。呆気には取られてるものの、全員が全員、カメラのシャッターは忘れない。大量のフラッシュの中で、バーナビーが不満そうな表情を浮かべた。
「…ちょっと。なんで頬なんですか?」
「お口に、とは指定されてないぜ、マイリルバニー?」
 熱烈な愛の告白と熱烈キッス!はい、罰ゲームクリア〜、とはしゃいでタイガーが笑った。もちろん不満なバーナビーはこんなの無効ですやり直しです、と騒いで、そのままいつもの仲良しの痴話喧嘩になる。

 なんだ、つまらない。いつものバカップル夫婦じゃないか。内心ドロドロの泥沼展開を希望していた報道陣が少し肩を落とした。
 しかしなんにしても、もちろん明日の一面トップ記事を飾るには充分だ。毎度毎度明日の飯の種をくれるありがたいバディの写真を、記者たちは美味しく撮り続けるのだ。



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