「……まだ生きてる?バニーちゃん」
「……なんとか」

 辺りは一寸先も見えないほど真っ暗だ。それでも、すぐ側から相棒の声が聞こえてきて、案外近くに埋まったんだなぁとどこか呑気なことをバーナビーは思う。
 うちのメカニックは優秀だ。このヒーロースーツは、耐久のうんたらかんたらをパワーアップさせているから百人乗っても大・丈・夫!、と言っていたのは伊達でなかったようである。能力が切れたのにも関わらず、百を越えるくらいの大量の瓦礫が頭から降りそそいだのに、お互い死んでない。しぶといものだ。

「お互い悪運強うぃーね」
「え。ひょっとして、君かわうぃーね、ですか?古すぎません?」
「古くねーよ、こないだ楓から教えてもらったんだから」
「おばさんになると時が経つのが早いって本当なんですね…」
「うるせーぞ、これはほらあれだ、たぶん走馬灯的なやつ」
「ああなるほど。お葬式には涙ちょちょぎれる弔辞(対マスコミ向け)、はばっちり任せてください」
「おう。香典は奮発しろよ、楓のために」
 本当なら、これだけボケ倒して喋っていたらPDAかヒーロースーツに備え付きの通信機能のどちらからかツッコミが入る。
 どっちの通信機能も壊れたんだろう。今日日、スマホだって落としてヒビ割れても通話は出来るというのに。まぁその辺のスマホが大量のコンクリートの塊をガツンガツンぶつけた後に機能するかは知らないけど。

「で、体、動かせそうですか?」
「足、と、左肩イってる。でっけー瓦礫が乗ってやがんな。動かせそーにねーや。バニーちゃんは?」
「似たようなもんです。手首と、肋骨がたぶん折れてます。右手、今見たくないです」
 絶対あり得ない方向を向いている。考えるだけでクソほど痛い。
 お互い不幸にもハンドレッドパワーを使ったばかりだ。能力の回復あと54分を待って、自力で脱出するか、GPSが生きてることを願って大人しく助けを待つか、どちらかだろう。

「今日はナイスコンビネーションだったぜ、バニーちゃん。褒めてやる、百点満点だ」
「…これのどこが百点なんですか。ていうかあなたに褒められるだなんて、心外です」
「ひゃっはは、口が減らねぇの、このガキ」
「当たり前です。ていうかなんであなたのが上から目線なんです?」
 確かに気持ちいいほどテンポ良く犯人を取り押さえることが出来た。しかし捕まえた直後、老朽化で廃ビルになったこの建物内で、ヒーローズ+犯人のNEXTが好き勝手暴れたおかげで(ていうか主に隣のはた迷惑な壊し屋が暴れて)、ビルは崩落した。
 犯人はぶち抜かれた壁から外に放り投げたので、スカイハイが拾ってくれてるはずだ。他のヒーローズはもうビルから出ていたし、被害は最も頑丈なヒーロースーツをまとっている自分たち二人、と考えれば最小限だが。

 でもこんな無様な怪我をしている時点で、百点など論外だ。本当なら足手まといのおばさんも華麗に助けて、自分も傷一つ負わないで、やんややんやの喝采を浴び、スタイリッシュにヒーローインタビューを受けて、シュテルンビルド市民の安全と幸せのためならば当然です、と真っ白な歯を輝かせてトレンディ(笑)なセリフをキメる。そしてテレビ画面の向こうから女性たちの黄色い声を上げて、これで初めてパーフェクト・バーナビーなのだ。

「なんだよ可愛くないな。お互い体が埋まってなかったら、ご褒美にハグしてちゅーしてやったのによ」
「……それだけ?」
「なんだよ不服か?」
「いい加減ガキじゃないんで、もっとアダルトなご褒美がいいです」
「例えば?」
「ほら、僕当面右手使えないじゃないですか」
「ほう」
「だから、しばらく下の世話全般をやってもらう、とか」
「だっははは、天下のバーナビー様が下ネタ言ってらっ!」
「お好きでしょ?」
 やっぱり予想通り大ウケだ。きっと瓦礫がなければ手を叩いて笑い転げている。
「おーおー、大好物よー?でもあんまし興奮すっと、おっ勃っちゃって、救助される時に辱めを受けちゃうぞ?」
「いや、たまに要救助者でおっ勃ててるの見ますけど、僕無理そうです。ちっとも血が巡りそうにない」
 スーツがあると分かっていたとは言え、瓦礫がハリウッド並みに降ってくる様は、中々タマヒュンだった、と言えばますますけたけたと笑い声を上げていた。

 ようやく笑い収まって、息を整えながら、虎徹は続ける。
「あーてかやべー…、笑いすぎてなんか、気絶しそう…」
「は?寝ないでくださいよ、僕あと一人で42分も何すりゃいいんですか?」
 能力回復まで、話す相手がいないのは辛い。
「左手があんだろ。そっちでマスかいてろよ」
「瓦礫に埋まってるんですよ、左手も。ていうか勃たないっつってんじゃないですか」
「40分いじり続けたらなんとかなるだろ」
「だから埋まってるんですってば」
「床オナってどうよ?」
 ならこれはどうだ、とばかりに虎徹が言う。
「残念、胸から下半身全部埋まってます。自慢の腰も使えやしない」
「ドヤ顔で言うことか」
 なぜ分かる。確かにドヤ顔だけど。
「なんで分かるんですか、顔見えないくせに」
「ばーか、お前のことなんか、声聞きゃ大体なんでも分かるさ」
 どうして今ここで、そういうことを言うんだこのババア、とバーナビーはちょっと腹が立った。好きだという気持ちが抑えられないじゃないか。

「…ねえ、いい加減、結婚しませんか、虎徹さん」
「…なぁ、死亡フラグって知ってるかバニー?」
「知ってますけど。いいから、結婚してくださいよマイハニー」
「うわぁ 死亡フラグビンビンじゃんマイダーリン。結婚してすぐ二回目の未亡人とかまじ笑えねぇので、却下」
「声聞きゃ分かるんでしょ。死なないですよ。あなたが死ぬまで」
「待て。それだと俺まで死亡フラグが立つ」
「突然の愛の告白に驚きながらも涙ながらに応え、そして満足げに息絶えた虎徹さん、後を追うように僕も死ぬ、とかいうベタストーリー、ですかね?」
「うわぁ。双子の…、あれ、何つーんだっけ、ほらネイサン系の。とにかく、映画評論家の方に百パー扱き下ろされる脚本だ」
「主演男優がハンサムなんで、女性客は取り込めますよ。あと僕オカマにもモテるんで、酷評にはならないですたぶん」
「自分で言うな。てか途中床オナ挟んでっからAVじゃなきゃ無理だろ」
「本番なければ平気です。あ、でもトンデモ展開なんで、やっぱりAVですかね。なら、本番挟みます?」
「そっから這い出て、自慢の腰振れるようになってから言いなや兎ちゃん」

 そりゃそうだ。本番挟めないので、やっぱりR15くらいの映画になるのだろうか。
 でも結婚エンドだとしても、やっぱり本番シーンは欲しい。ていうか、結婚したい。子どもも欲しい。虎徹との。
「ねえ」
「んー?」
「結婚、してくれるんですか?」
 わはっマジかよ、と虎徹が小さく笑った。
 マジだ。大マジだ。我ながら、全くスタイリッシュじゃない最低なシチュエーションだけど。死に直面、もしてないけどこの危機的状況で、初めて分かる愛する人の尊さとかけがえのなさ(笑)。自分で言っててだいぶスベってる。
 でもR指定なヨコシマな考え抜きに、死ぬまで虎徹の側にいたいな、と思っている。楓をオリエンタルシティーから呼んで、子供も産んでもらって、ベイビーの名前候補もぼんやりあるのだ。今なら惜しげも無く、トレンディなセリフをガツンガツン囁けるほどに、愛してる。君のためなら死んでもいいぜ、マイハニー。マイラブ。マイスウィート。マイヒーロー。君の瞳は百万シュテルンドル。今瞳見えないんだけど。

 確かにトンデモ超展開だからAV向けかな、と虎徹が笑って続ける。
「んー、そうだな。まずこっから生きて出て。ーーきちんと告白されて、それを俺がオッケーして、正式にお付き合いをして、やること一通りやって、こいつと結婚したいなぁって思う日が来たら、な?」
 ああ、そういや、愛の告白もお付き合いも何もかもすっ飛ばしてしてのプロポーズ、だったっけ。うっかり、そもそもの大前提が抜け落ちていた。
 どうせ、これもさっきまでの下ネタの延長で悪ふざけ、としか思ってないんだろう。

 それでも、バーナビーには、分かった。伊達に、命がけのこの世界で背を預けあってるわけじゃない。あ・うん。ツーと言えばほにゃらら。なんで日本語って擬音ばっかりなんだ。

 ねえ知ってますか、とバーナビーは声をかける。
「僕も、虎徹さんの顔見なくたって、ーー声聞きゃ大体全部分かるんですよ?」
「………うるせーやい」

 ふてくされて答える声に、バーナビーは笑った。笑った拍子に肋骨が軋んで痛い。それでもバーナビーには、暗闇の向こうで、耳まで真っ赤した虎徹がありありと浮かび上がって見えていたので、こみ上げる笑いを抑えられなかった。




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