虎徹さんと、結婚します。
 と、朝一番にロイズの仕事場に訪れ、唐突に爆弾発言を投げ込まれたロイズは、頭の中で必死に電卓を叩いた。今期のバーナビー関連のグッズの売上、結婚となれば女性からの人気もがくんと下がるだろうし、こないだ来たばかりの女性誌から広告依頼も当然キャンセルだろう、企業スポンサーへの賠償もふっかけられるし、当然アポロンメディアの株価にも直接響いてくるetc.etc.…
 ザッと億単位の自社への損害を計算しながら、「付き合うなら前もって報告しといてって言ったじゃない……」とロイズは眩暈が止まらないこめかみを押さえながらそう言った。
 普段からプライベートでも、あんまりに仲良くしすぎていたバーナビーと虎徹の二人だった。いくら相棒だからといって、男女が頻繁に自宅のマンションで二人っきりで飲み明かしている、と聞いて出来ていると思わない方がおかしい。おまけに言えば、バーナビーが虎徹に思いを寄せていたのは、端から見て明らかだった。
 頼むから、すっぱ抜きされる前に付き合うんなら報告はしてくれ事前に週刊誌対策を練るから、と二人に口酸っぱく言い続けてきたが、『まさか!オレとバニーが付き合うわけないじゃないですか!』という豪快な答えと、『付き合うって、どうしてこんなに口説いてるのに虎徹さん落とせないんでしょう…』という鬱々とした答えを毎回もらってきた。知らんし。
 ロイズだって部下の恋愛のアレコレに首を突っ込みたくはないが、人気商売なのだから仕方がない。社会人にとってとても大切な、ほうれんそう。
 だというのに、まさかもうすでに結婚まで話が進んでいたとは。
「遅かれ早かれそうなるかなとは思っていたけれど、ね…。で、いつから付き合ってたの?」
「二週間前です。すみません、浮かれていて、すっかり報告を忘れていました」
 その耳を疑う発言に、ロイズはぽかんと口を開けた。
「えっ、えっ、まさか、子供が出来た、とか……?」
 二週間前にしてもあまり有り得ないんだけれど、動揺して思わずロイズはそんなことを口走ってしまう。
 しかしバーナビーはすぐに首を振ってそれを否定した。
「いいえ。いずれは欲しいですけど、まだしばらくは新婚気分を味わいたいな、と思いまして」
 そうやって言い切るバーナビーに、ロイズはますます混乱した。
「い、…いや、ちょっと待って、おかしいでしょ、なんでそれで、いきなり結婚するつもりなのっ?」
「なんで、ですか?虎徹さんが好きだからですけど」
「いやそうじゃなく!」
 そこで、ロイズは結婚相手であるはずの虎徹が同席してないことに気が付いた。
 敬語もきちんと使えない、報告書の一つもまともに書けない虎徹だが、彼女は義理堅い、常識人だ。
 その虎徹が、二人の直属の上司であるロイズに、結婚という一大事を二人で一緒に報告に来ない、ということは。
 おいまさか。
「君……、あんまり聞きたくないんだけど、プロポーズはきちんとしたの…?」
「いいえ?けれど、お付き合いする時に、結婚を前提にって約束しました。今、指輪をサプライズで作っているところです」
 何か問題でも?、とバーナビーはこてんと首を傾げたので、ロイズはとうとう頭をかかえた。
 これはもう完全に、暴走モードである。
 バーナビーはところどころで一般常識が欠如している。特に、対人関係になるとさっぱりだ。今の今まで他人とどこか一線を引いて生きてきたのだから、仕方がないのかもしれないが。けれど、一度スイッチが入ると、もう周りが全く見えなくなる。ちなみに彼の常識と良識は、現在進行形で虎徹が形成中だ。
 そしてバーナビーの一番タチが悪いところは、暴走中だろうとも、一度これと決めたらやり遂げようとする、断固たる決意と行動力と実行力があるところだ。口にしたからには、付き合って二週間だとかそんな些細なこと歯牙にもかけず、否が応でも結婚しようとするだろう。胃が痛い。
「…お色気路線で売り出してたこともあるけど、もう40手前のロートル。能力ももう一分しか持たないバーナビーのお荷物。しかも寡婦で子持ちで、その辺の男よりよっぽど豪快だし逞しいし、おまけにがさつだし。正直、アイドルな君とバディ組むのにはベストだと思ったんだよねぇ。君がそんなにハイリスクな物件を選ぶだなんて、思ってもみないじゃない…」
「…いくらロイズさんでも怒りますよ。虎徹さんを、そういうふうに言うなんて」
 静かに、それでもしっかり色濃く怒りを滲ませたトーンでバーナビーはロイズを睨み付ける。
 怒鳴りたいのはこっちだぞ、この色ぼけ野郎。そう吐き捨てたいのをぐっと堪えながら。
「実際、虎徹君自身を知ってる人間が、そんなこと思うわけないのは分かってるよ…。彼女は根っからのヒーローで、人間的にもとっても魅力的だ。――だけれど、世間でそうは思わない輩が掃いて捨てるほどいるってこと、顔出しヒーローの君は十二分に知ってるだろう?」
 何故こんな幼子に言い聞かせるように、かみ砕いて言わねばならないのだ。大の大人相手に。
 しかし浮かれてはしゃいで周りが微塵も見えてない子供に、一旦落ち着いて、もっと時間をかけて愛を育みなさい等の言葉が通用するとは思えない。ならば、初等教育・"相手の迷惑を考えなさい。"だ。
「二週間の短期間でいきなり結婚したら、世間から見た時それは、"未来有望・セレブリティ・シュテルンビルトの王子様を、コブ付きで損害賠償だらけの落ち目のアラフォー女がたぶらかした"、って図にしか見えないの。分かる?稀代の悪女だってマスコミから叩かれるのは、間違いなく彼女だ。虎徹君のことを思うなら、もう少し段階を踏んで…」
「あぁなるほど。分かりました」
 そこで、バーナビーはそういうことですか、と笑って頷いた。
 シュテルンビルトの老若男女全てを虜にしてみせる、とびっきりのキラッキラ王子様スマイルで。
 だというのに、ロイズはひくりと口元をひきつらせた。あ、これはもしかしたら、やってしまった、かも、と身を仰け反らせる。そして。
「――外堀から埋めろ、とそういうことですね。さすが、人生の先輩の助言は、タメになります」



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