申し訳程度につけられた古びた鈴が、見た目に似合わず澄んだ高い音を立てて、来客を告げる。

「、ーーご無沙汰でしたね」

その一番客にゆっくりと笑めば、その人は一年前と少しも変わらない、目尻の笑い皺を深めて、手をあげて挨拶してきた。
カウンターの一番奥、入り口からは微妙に死角になる席が、彼ーーハウンドの指定席だった……いや、今もか。
迷うことのない足取りにくすりと笑んで、それならば、といつも決まって頼んでいたグラスを出せば、彼も、目を見開いて、そして笑った。

『覚えてたか』
「ええ……」

待ってましたから、の言葉は飲み込んで、笑みを深める。


ハウンドは今日からちょうど一年前にはじめて店を訪れた。半年間、毎日のように店に現れ、残りの半年はーー。
スキンヘッドにビーズで飾った髭ーーがっしりとした体躯は、びっちりと筋肉に覆われて、どこか威圧を与えるけれど、おおらかな笑みには、人の良さと面倒見の良さが透けて見えたため、すぐに元々の常連客たちと打ち解けた。

「ナマエです。お客さんは?」
『ん、ああーーハウンド、と呼んでくれ』

あだ名、なのだろうか。猟犬だなんて。
はじめてグラスを出した時、苦笑気味にそう答えた彼。他の客たちとともに豪快に笑って盛り上がっていたかと思えば、違う日には1人で黙々とグラスを重ねていたり。謎が多くて、彼がぱたりと店に来なくなってから、他の客にそれとなく消息を尋ねても、誰もが、わからない、と首を振った。

『ナマエのつくった酒が、一番うめえな』

くしゃりと顔を緩めての言葉だけが、ずっと私の元に残っていた。


「……何か、いいことでも?」

相変わらず黙々とーー、だけれど、記憶よりも若干、流し込まれるアルコールの量が多い気がして、頃合いを見計らい、声をかける。

『んーー、わかるか?』

少しも酔いは見て取れないけど、でも少し、漂う空気が、昔よりも丸い気がして、ええ、と頷いた。

『昔の……なんつうか、尊敬してた、上司、みたいな奴に、再会してな。それで、仲間たちといろいろ、な』
「仲間、ですか」
『ああ、つっても皆、俺より年下で馬鹿ばっかでな。ああ、その上司がいねえと、何もできねえんだな、って痛感してよ』

くくく、と笑うハウンドは、それでも愉しそうで。

『揃ってると、やっぱ何してても楽しくてなあ。思えばーー、去っちまった奴らも、多いけど、こんだけ永く生きてると、新しい仲間も増えてさあ……』

細めた青い目の先には、その彼らーー仲間が浮かんでいるんだろう、どこか呆れたようでありながら、底なしの優しさが浮かんでいて、うれしそうな彼の様子に、私の気分も浮上するけれど、ーーそれでもほんの少し、さみしい。

「そう、ですか」

ことり、とグラスの置かれた音に、ぱっと顔を上げた。いけない、拭いていた手から視線をハウンドに向けて、笑おうとして、ーーだけど、その真剣な青い瞳に、射抜かれたみたいで、失敗する。
そんな私に気づいてか、気づかずにか、ーーふ、と笑み、照れくさそうに首の後ろを掻いたハウンドは、カウンターに肘をついて、ほんの少し距離を縮めた。

『それでーー……、まあ、その、なんだ。ようやくがちゃがちゃしてた周りが落ち着いたんでな、今度どっか付き合ってくれねえか?ーー難攻不落のバーテンダーさんよ』
「……え、」
『まあ、こんなジジィ嫌かもしれねえが、俺はナマエの酒の味だけじゃなく、おまえ自身のこと、片時も忘れられなかったよ』

なあ、ナマエーー、と低くハスキーな声に、酒も呑んでいないのに、頭がくらりとした。くく、と笑ったハウンド。

『さ、どうする?』

もちろんそんなのーー、決まってる。


Love to,sir