古びた廃倉庫の中、剥き出しの配管を眺めて、10秒。
がばり、と飛び起きた彼は、悲鳴を上げた。
『なん、だこれはッ?!』
あのくそカマロにぶちのめされたところで再生できる記録は終わっている。まず違うのは目線だ。低すぎる。そして、ボディを覆う柔らかい皮膚。人間で言うところの裸の状態で、バリケードは寝転がされていた。
事情を知るフレンジー曰く、ショックウェーブの開発した擬態モード。その第一号がバリケードなのだという。
欠落したパーツがあり、今のところバリケードはロボットモードにもビークルモードにも<変形>できないし、多少の擦り傷は修復が可能だが、重大な損傷を受ければ金属の内骨格が丸見えになり、人間に正体がバレる。
ぽいぽいと手渡されたのは、警官の制服と警察手帳。
そんなこんなで、バリケードは人間の警官になった。同僚の弱みを握り、適度に手を抜いてのらりくらりと過ごしていた。
いい加減、仕事らしい仕事をしろ、と言ったのはフレンジーだ。彼は彼で、ヒューマンモードの見た目年齢は子供と言って差し支えなく、バリケードの勤務中はラジカセとなってパトカーに同乗し、自宅では、ロボットモードでいる。
『ホラ、アソコニイルガキドモ注意シテコイヨ』
『断る』
嫌そうに顔を歪め、バリケードは、もわっと煙を吐き出した。おかげで、車内の視界が悪い。フレンジーがぶつっと不穏な音を立てて、キィギキィギィキィ、と甲高く喚き始める。
わかったよ、と舌打ちをして、バリケードは車を降りた。辺りは人気がなく、街灯もひとつふたつ。その中で、派手にチューンナップされたその国産車は、室内LEDの光が趣味悪く浮いていた。
「だからあ、金もってこいって言ってんのお」
テンプレなセリフを吐くブレンダに対して、ナマエは首を振った。使えねえ、と誰かが言うけれど、誰でもよかった。仕方ない。引越し先のお隣さんが悪かったのだ。親や教師には褒められるけれど、裏では喫煙飲酒、それからドラッグ。ありがちだ。
「さっさと降りなよね」
「家まで何キロあるかなあ」
「べつに歩けるでしょ」
ぐいぐいと押されて、ナマエはドアから、まろび出た。むぎゅり、と革靴を踏んだと同時に、煙草臭い制服に顔が埋まる。
『……何をしている』
ぼう、と室内の照明に照らされた顔を見上げて、ナマエは、ひ、と引き攣れた悲鳴を漏らした。
やべえサツだ、と誰かが言って、扉が乱暴に閉められる。危うく挟まれそうになったナマエ。だが、腕を引かれて免れる。
すん、と鼻を鳴らしたバリケードは、顔をしかめて飲酒運転か、と漏らす。もちろん、ナンバーもそれから、室内にいた連中の顔も記録済みだ。ついでとばかりに、いまだ腕を掴んだままのナマエに顔を近づけて、くんくんと嗅いだ。彼に他意はない。ドラッグの匂いがしたから、ナマエも疑ったというだけで。
『…シロか。まあ、いい。とりあえず事情聴取を―――』
と、油断した時、ぷるぷると羞恥に震えていたナマエは、思いっきり頭を後ろに引いた。
「変態!!」
『うッ!?』
顎に頭突きをかまされて、バリケードの手が緩む。
『っ……こんのクソガキ!!』
脱兎のごとく逃げ出したナマエに、バリケードが吠えた。
Bad Cop
『イヤ、サッキノオ前ガ悪イヨ』
「……五月蠅い」
のろのろとパトカーを寄せて、バリケードは窓を下ろした。ぶすくれた少女に、ため息。
『送ってやる。乗れよ』