「きゃー!!かわいい〜〜〜〜っ!!!」
「ね!この前生まれたばかりの子なの!!」

ディエゴガルシア島にて、穏やかな昼下がり――、騒ぎつつ、小さな画面をのぞき込んでいる女性隊員たち。
その横を、ゆったりとした動作で歩いて――もしくは跨いでいくのは、人類と平和協定を結んでいるオートボットたちだ。

「ほんとにかわいい!!」
「「「この"チワワ"!!!」」」

キュイッ、と、ちょうど傍を通りがかったオートボットの1人――アイアンハイドのカメラアイが音を立て見据えたことに気づかず、きゃっきゃっと、女性隊員たちは軽い足取りで去っていく。
チワワ、というワードに関して、アイアンハイドのブレインサーキットには、不愉快なメモリーしか記憶されていない。
忌々しい、モジョ、という名の、ウィトウィキー家で飼われている、ママのチワワだ。奴に引っかけられた液体――。相手が小型哺乳類であることを忘れていた。オートボットのボディに流れるオイルとは異なる、排泄物だ。
ぶほぉっ、と排気をしたアイアンハイド。
――あれの、どこがかわいいのだ。


『まったく、わからん……』
「やあ、アイアンハイド」

ぶつぶつと呟くアイアンハイドの前に、ミカエラと腕を組み、仲むつまじげな様子のサムが通りがかる。おや、とフェイスパーツを引き上げれば、すぐにブライトイエローのぴかぴかカマロが、陽気な音楽を爆音でかけながら、停車する。

『バカンスを米軍基地で、とは、随分エラくなったもんだな』

そう茶化すように言えば、サムは肩を竦める。

「砂漠のど真ん中で死にかけたんだ、このくらい許してよ」
『ちがいねえ』

大きな鉄の拳を差し出せば、堅く握っても柔らかく脆い肉の拳がぶつけられた。ミカエラもくすくすと笑っている。

「これからビーがドライブに連れてってくれるんだ」
『そうかい。…………おい、サム』
「何?」

バンブルビー、今はカマロの姿をとっている、窓から顔を出したサムに、アイアンハイドは、繊細な、微妙な表情をつくってみせた。

『、……あの、害獣は……、その、元気か』
「ああ、モジョのこと?骨折も治って、きゃんきゃん跳ね回ってると思うよ」

珍しいね、とサムが笑ったのに、アイアンハイドはまたぶぉん、と排気をした。サムのそれなりに整えていた髪が、完全にぐちゃぐちゃになるぐらいの。

『――なぜ人間は、あれをかわいがれるんだ』

心の底から理解できない、と言った様子のアイアンハイドに、サムとミカエラは顔を見合わせた。

「――小さいからかな?」
「目がくりくりして大きいからじゃない?」
『"庇ってやりたくなる"』

お前もかバンブルビー――、とフェイスパーツをしかめつつ、カマロのボンネットを凹まない程度に小突いてエンジンを促す。

『……わかった、いやわからんし、わかりたくもないが。さっさと行け。引き留めて悪かったな』

どうやら、彼らの感覚とアイアンハイドのそれとは、マリアナ海溝よりも深い隔たりがあるようだ。ぞんざいに手を払ったアイアンハイドに、サムたちは苦笑して、軽快に走り去っていった。



「アイアンハイドさん!!!!サイドスワイプ!!」

アイアンハイドは、逃げようとするサイドスワイプの首根っこをしっかりと掴まえた。ついつい格闘訓練に熱が入りすぎて、という言い訳はもう通じなさそうだ。

『よお、ナマエ』
「何が、よお、ですか。いったいこれで何度めですか」
『いや、なあ……、それにしてもナマエ。お前駆けつける時間、毎回毎回短くなってないか?』

なあ、と傍らのサイドスワイプに同意を促せば、頷いたサイドスワイプが律儀に答える。

『前回より、0.03秒早い。前々回からは0.07秒』

むっとした女性職員――ナマエは、きっと眉をつり上げて、自分より何倍も大きな2体を気丈に睨んだ。

「誰のせいだと思ってるんですか。何でか毎回、わたしのところに直で通信が入るんだから仕方ないでしょうっ。そりゃ近道も覚えますっての」

すう、と息を吸い込んだ、ナマエに、アイアンハイドは居住まいを正し、サイドスワイプは首を竦めた。

「あのですね、いい加減慣れてください、この大きさ――、いえ失礼、小ささに。あなたたちはわたしに謝ればそれで終わりかもしれませんが、施設の修理も補強も、莫大な予算がかかるんです。何せ、壊される規模がでかいので。あなたたちも、苦手な政府のお偉いさんの小言は嫌でしょう?」

人間は権力者になるほど、ねちねちと嫌らしくなる――というのが、オートボットたちの見解ではある。
さすがに、アイアンハイドも、しおらしくカメラアイを瞬かせる。何せ、こうしてナマエに怒られるのは、両手には収まらないわけで、その分、ナマエたち中間管理職の連中も、お偉いさんに、ねちねちと責められているわけだ。

『――すまなかった』
『……、…………すまん』

いまだ人間に対して、思うところのあるサイドスワイプに関しては、アイアンハイドにどつかれてようやく、小さく謝罪を音にした。
いからせていた肩から力を抜いたナマエが、ひょいと肩を竦める。

「わかればいいです」

そして、大穴のあいた壁――アイアンハイドが勢い余ってサイドスワイプをたたきつけた箇所、を見るや、頭を抱えて唸り始める。きっと彼女の頭の中では、修理代、人員確保とその人件費、任務との予定調整等々の、計算がものすごい勢いで回っているのだろう。

『なあ、ナマエ』
「はい?」

アイアンハイドが心持ち遠慮しつつ声をかければ、ぱっと笑顔を浮かべて見上げてくる。このように切り替えの早いところも、彼女の美点なのだろう。そして、魅力でもある。

『俺たちが手伝うこと、って、可能なのか?』
「え……」

大きな目をさらに見開いたナマエ、しかし、満面の笑顔へと鮮やかに変わるその表情。

「もちろん!いえ、大助かりです!!瓦礫の撤去作業とか、いつも重機の搬入で頭を悩ませて……、ああ!どうして気づかなかったんだろう!!」

ありがとうございます、と興奮気味に、しかし綺麗な姿勢で、礼を取る。

『――――――成る程』

ふいに、すとん、と腑に落ちた――なぜ、チワワはかわいがられるのか、という疑問。

『サイドスワイプ、お前手の空いてる奴探して、瓦礫運ぶの手伝うよう頼んでこい。あとレッカーズに、直せるところないか見てもらえ』



ナマエは、オートボットだけでなく、人間の中で見ても、小さい。それから、あのくりくりとした大きな瞳。何より――、

「っ、ひゃっ」

不安定な瓦礫の上から、オートボットが作業をしているのを少しだけ不安そうに見つめていたナマエが、ふいにバランスを崩したのを、横から伸びた鉄の手がとらえる。庇ってやりたくなる、少しの危なっかしさ。

『大丈夫か?』
「え、ええ……はい」

ほつれた髪を耳にかけ直したナマエを、ひょいっとアイアンハイドは、己の肩の上へと乗せた。

『ここなら安全だ。そこから全体の作業を把握してくれるとありがたい。お前なら――できるだろ』

真摯な青い光がいつもよりずっと間近にある。アイアンハイドが慕われる理由は、きっとこういうところなのだ。褒めることで人を伸ばす。ナマエは胸を張って大きく頷いた。

「勿論です!」


「ナマエ?あれ、どこ行ったかな……」
「おい、」

ナマエの姿を探していた職員を、同僚が小突いた。親指で指したのは、格納庫の奥に座るアイアンハイドの姿で、その手の上に、丸まって眠っているのはナマエだ。
すっかり慣れた姿に、職員は書類の話は昼休みが終わってからにしよう、と苦笑して立ち去る。それに、薄目で様子を伺っていたアイアンハイドは満足げに、しかし静かに排気をした。
ようやく、自分の手の中で安心しきって眠るようになった、かわいい――アイアンハイドの"チワワ"の安眠を妨げさせてなるものか、と。
今日も、ディエゴガルシア島の昼下がりは、穏やかだ。



chihuahua